日本の五輪の「開会式と閉会式」が「こっぱずかしくて退屈」なワケ

東京五輪も、長野五輪も…
堀井 憲一郎 プロフィール

新聞のコラムにも「欽ちゃんのテレビ番組を見ているようだった」と書かれていたが、書いている人も褒めていいのかしっかりけなしていいのか、迷っている書き方であった。

見てるほうも戸惑った。欽ちゃんだーと驚いて大喜びするほどではないし、でも、落胆することもない。ふーん、そうか欽ちゃんなんだ、欽ちゃんもけっこうえらくなってきたんだなーとおもって見守るばかりだった。

閉会式も、日本の祭りだった。テンポがなくて、寒い中、たのむから早く進めてくれ、とおもって見ていた。客席から祭りらしいものが動くのを見ていても、べつに何の感想も抱けない。

 

やっぱり会長の話は長かった

そして「サマランチ会長の挨拶」が長かった。

会長の挨拶が長いのはいつものことなのだ。人類の宿命だろう。

でも会場で見ていると、選手がまじめに聞いてないのがよくわかって、そこはおもしろかった。

選手たちは、国を越えて、選手団の垣根を越えて、みんなで「ウエーブ」を繰り返していた。順に端から手を上げていって、波が動くように見せるあのパフォーマンスである。客席は、会長の挨拶のときはやっていなかったが、選手団はおかまいなしにやっていた。

校長先生の話が長いので、前にいる元気でちょっとワルな運動部のやつらだけが勝手にウエーブをやっている、という感じで、なかなか小気味よかった。

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