夫との赤ちゃんが誕生した直後に、夫の遺体が発見される――それはとても悲しいことではあるけれど、2002年3月11日に出産をした杉山晴美さんにとっては、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロで行方不明だった夫・陽一さんが「帰ってきた」意味もあった。

3月11日、911から半年後の「メモリアルデー」に誕生した第三子の想弥くん。まるでその出産を待っていたかのように陽一さんが発見されたことをお伝えした前編「911テロで夫が行方不明のまま出産…直後に「夫の遺体」が確認された日のこと」に続き、3人の子どもたちと、日本で言う「葬儀」を行ったときのことをお伝えする。

4歳になった太一くん、2歳になった力斗くん、そして生まれたばかりの想弥くん。3人のもとに、お父さんの体が帰ってきた 写真提供/杉山晴美 
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優しい空気の中で、お別れの会

4月9日、こちらではVISITATIONと
呼ばれる、一応葬儀としか訳しようがないのであろうか?……それともお別れの会? を無事に開くことができた。

会社の方々を中心に約150名が次々と訪れ、代わる代わる献花をしてくださった。フューネラルホールというのも日本の葬儀場と違い、こぎれいなパーティスペースといった感じのこじんまりした一軒家。場所は太一たちの通う保育園のすぐ裏手。

visitationを開催した一軒家。お世話になっている保育園のすぐ裏手にあった 写真提供/杉山晴美

そこにたくさんの色とりどりのお花を飾り、生前の写真などをたくさん置く。太一、力斗はむしろ華やいだムードさえあるその部屋を興奮して走り回っていた。悲壮感はまったくない。

訪れてくれたお友達やそのお母さん方、保育園の先生方にも遊んでもらい、はしゃぎっぱなし。そんな子供たちの明るい雰囲気に訪れて下さった方々も和むと言って下さった。しかも赤ちゃんがいる。

優しい空気の中、お別れの会ができ、お世話になったりご心配をおかけした方々にお礼を申し上げられる機会を持てて、本当によかった。悲しい事実の確認ではあったが、会を終え、遺体が出てきてくれて本当によかったと、心からそう思った。

まだまだ遺体の確認ができず、家族のもとへ戻って来られない被害者の方が大勢いる。無念の死を遂げたその魂を思っても、また帰りを待ちわびているご家族を思っても、やりきれない気持ちで一杯である。どうか、どうかみんな、一日でも早く家族のもとへ帰れることを祈るばかりである。