2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ。このテロにより日本人24人を含む約3000人の方が亡くなり、6000人の負傷者が出たと発表されている。ニューヨークのワールド・トレード・センターに勤務中、テロの犠牲となった杉山陽一さんもその一人だった。

テロから20年となる今年、決して忘れてはならないと20年を振り返る妻の晴美さん連載12回は、2002年3月、陽一さんの行方がまだ不明なままで第三子が誕生した直後の話をお届けする。

2002年3月11日に誕生した想弥くんと晴美さん 写真提供/杉山晴美
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ついに遺体が確認された

【4月】
想弥が産まれて約3週間たったある日、会社の人から1本の電話をもらった。夜9時をまわっていた。
「遅い時間に申し訳ないけど、いまから伺ってもよいですか? 電話では話しにくいものですから」

話しにくい話。それは、夫の遺体が確認されたという話であった。衝撃が再び身体を走った。脈拍がものすごく速くなった気がした。ついに、ついに
この日が来た。夫の死が確定してしまった。

想弥が産まれた夜のわたしの思い。夫の魂が想弥の体に入ったのでは? それをねらって遺体確認から逃げまくっていたのでは? その話を夫の父にした時、義父は言った。
「わたしも似たような思いでいた。子供が産まれたら、遺体が出てくるのでは……そう思っていた」

まさに、そうなった。やはり夫は想弥の中にいるのだろうか? 古い身体はお役御免になり、荼毘にふされるべく出てきたのだろうか? どちらにせよ、想弥が産まれてからで本当によかった。無邪気な寝顔が心の乱れをおさめてくれる。想弥の温かい身体を抱きしめながら、いよいよ来た現実を静かに受け入れる覚悟を決めた。