街全体が真っ暗に…
幼いころから身につく「ご先祖意識」のワケ

五山の中腹には火床が並び、当日は集落の人々の奉仕によって、薪が運ばれ点火される。最初に火が灯る「大文字」では、点火の1時間前に「大」の字の中心にある弘法大師堂で法要が行われ、この大師堂の灯明から採った火が親火に移され、残り74基が一斉に点火される。例年は午前中、銀閣寺近くの麓で先祖の名前を書いた護摩木を納め、それらも送り火の火床に入れてもらえる。私も一度、両親の戒名を護摩木に書かせてもらったが、コロナ禍の昨年今年は、中止だ。

こうした送り火の風習がいつから始まったか定かではない。たとえば、大の字を誰が書いたかについても、平安時代に弘法大師空海が、室町時代に足利義政が、江戸時代に近衛信尹(書家)が、などなど、説が多すぎてわからないという。

「鳥居形(とりいがた)」嵯峨鳥居本の曼荼羅山。写真提供:京都五山送り火連合会

もとは村々で独立して行われていた行事だった。山に点火される前は、たいまつの火を空に投げ上げて、霊を見送るという風習があったとの説もある。この流れを汲んだ「松上げ」という行事が、京都市近郊で現在まで続いている。いずれにしても、「火」が重要なポイントではある。

私が最も驚いたのは、病院など必要な灯りを除き、街が真っ暗になることだ。誰もが炎を見つめ続ける。先祖の霊に思いを馳せる。命がつながってきたと感じる。この幻想的な時間が、人々の「ご先祖意識」を高め、「目に見えない存在へのリスペクト」を育んでいる気がするのだ。

大人ばかりではない。子どもたちも皆、街全体が暗くなるから無関心でいられない。ご先祖の魂は年に1度地上に降りてきて、家族総出で接待をする。最後は炎に乗って極楽浄土に帰っていくのだと肌で感じ学ぶのである。私には、それが羨ましくてならない。幼いころから細胞の中に刻まれた「ご先祖意識」。それを持てる京都の子どもたちは幸せだと思う。

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東京の盂蘭盆会(うらぼんえ 先祖を偲び、冥福を祈る仏事のこと)は7月、夏休み前である。学校行事が続く中、ご先祖に関心をもっていた友人は少ない。末っ子だった父のもとに、仏壇はなかった。私が仏さまを意識するとすれば、名古屋にあった母方の祖母の家に滞在したときだけだ。毎朝、仏壇にどう接するか。亡き祖父のために毎朝、木魚を叩いて読経する祖母の姿を見たり墓参に同行したりすることが、数少ない仏さま体験。かなり歳を重ねるまで、鎮魂の意識も低かった私である。母がこの世を去って初めて、死者の魂を鎮めることを考え、家で火を焚いて迎え送ることを始めたのだった。

アナウンサーが「大文字焼き」と発すれば、チャンネルを変える人がいる。饅頭じゃあるまいし、と怒る人もいる。火は灯すもので、焼くのではない、(奈良若草山などの)山焼きとは違うのだ、そう語る京都人が圧倒的だ。「大文字焼きとは呼ばず送り火と言うように」と小学校の先生から教えられた人も少なくない。

コロナが収束したら、一度は京都で五山の送り火をご覧になることをお勧めする。炎に乗って故人が帰る様子は実に幻影的で、静かに祈りを捧げたくなる。ただし、くれぐれも「大文字焼き」とは言わないように。「大文字」もしくは「送り火」と、言葉を選ぶよう心かけて。

illustration/東村アキコ

文/秋尾沙戸子
名古屋生まれ、東京育ち、のち京都暮らし。サントリー宣伝部を経て、NHK「ナイトジャーナル」キャスターや情報番組コメンテーターとして活躍。著書に『ワシントンハイツ:GHQが東京に刻んだ戦後』(新潮文庫、第58回日本エッセイスト・クラブ賞)、『運命の長女』(第12回アジア・太平洋賞特別賞)、『スウィング・ジャパン』『渋谷の秘密』など。

イラスト/東村アキコ
1975年生まれ。漫画家。宮崎県出身。1999年『ぶ~けデラックス』NEW YEAR増刊にて『フルーツこうもり』でデビュー。『ひまわりっ~健一レジェンド?』『ママはテンパリスト』、『海月姫』(第34回講談社漫画賞少女部門受賞)、『かくかくしかじか』(第8回マンガ大賞、第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞)、『東京タラレバ娘』『美食探偵 明智五郎』『雪花の虎』ほか、ヒット作多数。『講談社「Kiss」にて「東京タラレバ娘シーズン2」連載中!
 

連載【アキオとアキコの京都女磨き
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