東京から京都に移り住んだジャーナリストの秋尾沙戸子さんと、秋尾さんを京都の師とあおぐ漫画家の東村アキコさんの連載「アキオとアキコの京都女磨き」、今回のテーマは「五山送り火」

毎年8月16日、京都の山の斜面に大きく「大」の字に灯りがともされる様子をニュースなどで見かけたことのある人もいるのではないでしょうか? お盆の精霊を送る伝統行事である「京都五山送り火」。5つの保存会によって継承されており、それぞれが京都市登録無形民俗文化財となっています。

あいにく今年はコロナ禍ということもあり、昨年度同様、規模を縮小した送り火行事が行われることになっていますが、今回はコロナ以前の美しい写真とともに、京都に移住し肌で感じたこの伝統行事の美しさを秋尾さんが綴ります。

記事最後に掲載の漫画家・東村アキコさん本連載書き下ろしイラストも必見!

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いつか見てみたいと願っていた

新幹線グリーン車に個室があり、その上に食堂車があったころの話。
大阪からの仕事帰り、食堂車に1人で出向いた私は、テーブル席で2人の紳士と相席となった。うち年嵩の男性が、まだ若かった私に声をかけ、色々語りだした。東京に行く目的は永田町の国会議員に会うためで、陳情には1回につき、半端ない金額を包むのだという。若かった私はその金額の大きさに愕然とした。どうやら彼は建設会社社長、もう1人は部下という関係らしい。「興味深いですね。いまのお話、全部録音させて頂きました」と私が言ってみせたら、いきなり顔が青ざめたのだった。

この場面、サスペンスドラマなら政治がらみの殺人事件へとつながっても不思議ではない。ところが、当時の私の心を奪ったのは、まったく別の社長の一言だった。
「うちから、大文字が見えますのや」

「大文字」東山の如意ヶ嶽(大文字山)。写真提供:京都五山送り火連合会

「大文字」――。街全体から明かりが消え、暗闇の中赤々と浮き上がる「大」の字。テレビで目にしたことはあっても、実際に見たことはなかった。「大文字」が自宅から眺められるなんて、どんなセレブだろう。建設会社社長の家なのだから、大豪邸に違いない。と邸宅に興味は湧いたものの、見ず知らずのオジサマからは微妙にナンパの気配も感じられ、連絡先を教える気にはならなかった。

だが、その後の私の中で、夏が来るたび妄想が膨らんでいく。「大文字」を観に京都に行ってみたい。きっと船の上とか料亭とか豪邸とかで、限られた人だけが見られる雅な世界が展開しているに違いない。どこかに安全なコネクションは無いものだろうか。

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振り返れば、20世紀末の東京で暮らしていた私は、鎌倉や二子玉川の花火大会を高級マンションから愛でるイベント感覚で大文字を捉えていたような気がする。当時は両親も健在で、「お盆(盂蘭盆会)」に、身近な人の魂を迎えて送るという経験もなかった。

そう、またまた白状せねばならない。私はわかっていなかったのだ。「大文字」が「お盆」と関係あり、先祖をお送りする仏教行事であることを。大豪邸でなくても鴨川の河川敷でも見られるということを。そして、京都では「大文字焼き」とは呼ばず、「送り火」と言わないと嫌われるということを。