2021.08.04
# 本

圧倒的成長を遂げる「電子書籍」市場…しかし、今に至る道のりは平たんではなかった

電子書籍の歴史を振り返る・前編
飯田 一史 プロフィール

書誌データが整わなかった

――落合さんの『なかったことにしたくない』に書かれている、かつての電子書籍の書誌データの不統一ぶりとそれに伴う検索サービスの必要性や、2005年以降に登場した電子書籍の取次サービスは、コンテンツ・ハード・フォーマット・デリバリーのうちデリバリーに含まれるところですよね。出版専門メディア以外ではコンテンツの話ばかりがフォーカスされて、書誌データや検索、取次機能が重要だということはなかなか語られませんが、読者や書き手、出版社の利便性を考える上では決定的に重要なポイントです。

落合 かつて電子書籍の書誌データが整わなかった理由はフォーマットがそもそもいくつもあったからですね。今ならEPUBかPDFか、どちらかひとつ作ればで済みますが、かつては出版社がひとつの作品に対して複数のファイルフォーマットを販売先の会社分たくさん作らないといけなくて、コストもかかっていた。

さらには「docomoとauにはこの本を出したけれどもソフトバンクには出さない」といったキャリア別にコンテンツを出す/出さないの選別が存在していたがゆえに、かつてはhon.jpのような電子書籍検索サイトが必要だったわけです。

――落合さんの本の中には、2013年に『半沢直樹』のTVドラマが社会現象化していたときに、Amazonを除く少なくないオンライン書店で「半沢直樹」と入れても原作小説である『オレたちバブル入行組』がヒットしなかったことが書かれていました。書誌データと検索の重要性を象徴するエピソードです。

落合 本をウェブで探すにあたってはメタデータと検索エンジンは両輪になりますが、データを入力する側がダメなエンジンを想定して書く必要があると理解しないといけない。10年前は今にも増してその認識はまだまだでしたね。

 

――萩野さんの著作を読んでも書誌データの話はほとんど出てきませんが、どう見ていたのでしょう?

萩野 それ以前にデジタルコンテンツをどう作ればいいのかに必死になっていたのです。私たちは90年代から日夜「これでどうだ」と電子書籍を作ることだけに関わっていました。それ以外の余力はなかったのです。

だけど作ったものを出版社の人間に見せると電子書籍上の表示や文字表現の仕方、ルビや改行は「そうじゃない」と必ず文句を言ってくる。それはごもっともだけれども、じゃあ何を求めているのかを先に言ってくれと伝えても誰も具体的なことは言ってこない。書誌データに限らず、そういう状態でその先のことをさらにやろうにも手一杯だったというのが正直なところです。

だから2009~10年頃にInternet Archiveの連中がさかんに言っていた書誌データについての議論を追いかけたときには、日本の現実との乖離を感じざるをえなかった。いろいろなことがやっとこの10年で整備されてきたんです。

落合 書誌情報というのは、ようするに商品情報です。紙の本に関しては本屋に行って現物を見れば本の情報はわかる。ですからかつて書誌情報は、書店になかったときに参照するための、あくまで補助的なものでした。

[PHOTO]gettyimages

ところがウェブ時代になってリアル書店に行かなくても本が探せるようになると、メタデータが持つ意味合いが変わってきます。メタデータに何が登録されているかということは、読者が「本を探す」という一番入り口のところに関わってくるからです。いわば書誌情報は「本のSEO」としての機能を果たすものになった。

たとえばユーザーが「猫 病気 本」でネットで本を検索したときに、たとえ書名に「猫」も「病気」も入っていなくてもメタデータに入っていれば電子書店やGoogle検索で引っかかる。

関連記事