2021.08.04
# 本

圧倒的成長を遂げる「電子書籍」市場…しかし、今に至る道のりは平たんではなかった

電子書籍の歴史を振り返る・前編
飯田 一史 プロフィール

――今はあまりされなくなりましたが、2010年代序盤までは電子書籍と言えば専用端末に関する話題がさかんにされていました。

萩野 その頃までの電子書籍市場は「コンテンツ」の充実度は論外、「ハードウェア」端末に関しては松下(現Panasonic)だSONYだSHARPだと各社がリリースしていて、そのハードとセットで各社がそれぞれ独自のファイル「フォーマット」を採用していて、相手を駆逐し独占を目論んだ。統一性も互換性も生きる余地はなかった。

ハードのビジネスは1台2万、3万で売るんだとはっきりしていた一方、肝心のコンテンツである電子書籍をいくらでどこで売るのか、買ったらいつまでどこに残るのかという「デリバリー」の部分への配慮もまったく芳しくなかった。

[PHOTO]gettyimages

――電子書籍専用端末以外に目を向けると、2000年代にはガラケーで読まれる電子書籍、とくにコミック市場が成長して2008年には日本が世界最大の電子書籍市場となっています。実はガラケー時代からコミックが電子市場を牽引する構図は今と変わっていないし、このときに様々な蓄積があったことが近年の隆盛にもつながっている。

落合 私はこのケータイ市場が伸びていく時代から関わっていますが、そう思います。

萩野 ボイジャーも2004年から2008年頃までは急成長したガラケーの電子書籍市場に助けられた。当時セルシスが開発したComicSurfingというガラケー用のコミック閲覧ビューワーがあって、そこにボイジャーが開発していた文字ものを読める「T-Time」のビューワー機能を提供してBookSurfingになった。ところが文字ものはマンガに比べると全然売れない(笑)。

だけど共同開発だったおかげでマンガが伸びた分のフィーで僕らは生き延びることができた。このころ講談社と新潮社、インプレスから出資を受けてもいますが、このケータイ市場の立ち上がりがなければ瀕死と言っていい状態だったからです。

――ガラケー時代にはライトノベルや実用書などもすでに配信されていましたが、それでも2000年代の電子書籍市場は今から見るとまだまだ厳しかったと。

落合 とはいえガラケー時代には今の電子書籍市場につながるビジネスモデルがすでに試みられていたことは思い返されるべき点ですね。

たとえば「話売り」。スマホに移行したあと一時期忘れられていたけれどもその後揺り戻しが来て、コミックでは一話単位での販売方法が当たり前になりました。もちろんピッコマが始めた「待てば無料」のように単純な話売りではなくてプラスアルファの要素はありますが、一話単位での販売はガラケー時代からあったものです。

文字ものでも「新潮ケータイ文庫」などは今でいうサブスクリプションモデル、月額課金制で読み放題ものでした。そこから「ケータイ小説の女王」と呼ばれた内藤みかさんの『いじわるペニス』などのヒットも生まれた。月額課金だと読んでも読まなくてもお金を払うことになるから毎日アクセスして読もうという気になる。つまり常習性が付く。加えて新潮ケータイ文庫は「ウェブメディア」としての側面もあったんですよね。

――連載権獲得をかけた読者投票企画などがあって、静的な「電子書店」ではというより読者に積極的に働きかけるプッシュ型のメディアでした。

落合 出版社系の文字もののウェブサイトやアプリではスマホ以降、むしろその発想がなくなってしまったのが残念ですね。

 

何度目かの「電子書籍元年」が明けた2010年

――おふたりが考える電子書籍市場にとって最大のターニングポイントは?

落合 やはり2010年ですね。技術的にも人脈的にもそれまでの長い積み重ねがあったからこそですけど、ようやく明けた「電子書籍元年」が2010年だった。

萩野 同感ですね。ボイジャーにとって1992年の創業以来の30年のなかでも、2010年から20年にかけての変化はものすごく大きい。

まず、2010年代になって「フォーマット」がEPUBに集約されていった。IDPF(International Digital Publishing Forum。国際電子出版フォーラム)がEPUBでインターナショナルに足並み揃えてやっていこうと決め、日本の電子書籍市場もこの方向性でおおむね固まった。

同時にスマホやタブレットがあればどの端末でも読めるようになって「ハードウェア」の問題もクリアされた。そしてそれに伴って出版社も電子化タイトルを増やすことで「コンテンツ」不足が解消され、各社の電子書店が隆盛して「デリバリー」の問題も解消された。こうしたサイクルは、ごくごく最近回るようになってきたものです。

落合 この数年、特に電子書籍が増えた背景としては、出版物の第2号出版権(公衆送信権など)に関しては2015年に著作権法が改正・施行され、法的に電子化権が整備されたこともあると思います。

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