夫がアメリカ同時多発テロで行方不明のまま、異国の地で出産――アメリカ・ニューヨークで2002年3月11日、テロから半年後の「メモリアルデー」に第三子を出産した杉山晴美さん。夫の陽一さんのことを思いながら、「想弥」と名づけたことを前編ではお送りした。その後編では、友人・知人への出産報告のメールをお送りする。

2002年3月11日のメモリアルデーには、ワールド・トレード・センターがあった「グラウンドゼロ」から青いライトアップがNYの夜空を走った。想弥くんはこの日に世に生まれた Photo by Getty Images
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名前のご報告

【友人たちに送ったメールより】
「想弥(そうや)と名づけました。
たくさんたくさん、本当にたくさんの皆様の想いをいただき、無事に元気に産まれてくることができた……本当に幸せ者のベビーにあえて“想う”という感じを使わせていただきました。だから彼は、みんなのベビーなのであります。

そして、父親の手に抱かれることは叶わなかったけれど、いつも父親の想いに包まれてこれから生きていくであろうと、そんな意味も含め……。
“弥”は、弥生3月生まれということと、この字には本来「やさしい」という意味があるそうです。そう、やさしい想いにいっぱい包まれ、お陰様で本当に元気な男の子であります。

それと、重ねてアメリカ国籍の登録名は、Soya Alberto Sugiyamaです。このミドルネームは、イタリアンネーム。というのも、わたしの妊娠がわかった直後から主人はイタリアでも通用する名前をミドルネームにと、長男相手にぶつぶつ案をつぶやいていました。

あの頃は妊娠初期も初期、こんなことは夢にも思っていなかったので、こういうことならもっとちゃんと聞いて覚えていればよかったのですが。

ただ、イタリアンネームにということが遺言のようになってしまったため、長男とふたりで相談しながら決めました。イタリア読みでアルベルト、アメリカではアルバートでしょうか。まあミドルネームはおまけのようなものではありますが、主人の意志が少しだけ反映された名前になったのでは、と思っております。

ということで無事に生まれましたが、すべてはここから……。これからが我々残された家族の生活の本当のスタートであります。幸い、上の子たちふたりも、弟の誕生をとても喜び、さらに元気いっぱい、スパークしまくりであります。これからますます、楽しくにぎやかになっていくと思います。

当初の予定通り、7月末には日本へ帰国するつもりです。
日本に戻りました際には、是非是非、お暇をみつけて元気なダンゴ三兄弟に、想弥の中の主人に会いに来ていただけたら幸いです。

杉山家の「ダンゴ三兄弟」。3歳、1歳、0歳の男の子だ 写真提供/杉山晴美