女性スポーツとミソジニー(女性嫌悪)

第32回目の夏季五輪となった東京大会であるが、第1回目のアテネ大会に女性は選手として参加することは許されなかった。20世紀を目前に控えた1896年のことだ。19世紀から20世紀にかけて、女子の高等教育機関が創設され、女性の参政権運動も広がっていた。その一方で同じ時期に、月経を根拠に、女性が筋力や脳を使う活動を制限する「性差の科学」も多数登場している。現在では全く根拠のない内容も、当時は「科学」を盾に女性の社会進出を押しとどめ、家庭という私的領域に留めおくイデオロギーとなっていた。

1970年代以降は、第二波フェミニズムとの連動やアメリカのタイトルナイン(教育修正法第9条)の成立もあいまって、女性の種目数、アスリート数、コーチ・役員数が劇的に増えていった。しかし女性スポーツの歴史を紐解くと、「女性には体力がないから」と最初からスポーツをする機会さえ与えられてこなかった。

機会が与えられても、男性スポーツとは異なる距離、セット数、小さなボール、競技場などが「女性用」として割り当てられてきた。この差異が、賞金格差の正当化にもつながってきたことは言うまでもない。これらの差異は、だいぶ解消されてはきたものの、いまだに男性とは異なる価値が根強く女性アスリート、女性スポーツを取り巻いているのはなぜか。

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コーネル大学哲学科の教員、ケイト・マンは『ひれふせ、女たち:ミソジニーの論理』(慶應義塾大学出版会、2019年)の中で、家父長制秩序の中でミソジニーがなぜ、どのような理由で起こるのかその詳細を説明している。なかでも男性にコード化された(男性に割り当てられている)特権、例えば、指導的地位や権力、競争的優越などを女性が奪った場合、男性にはされない評価を下されたりバッシングを受けると、マンはヒラリー・クリントンの大統領候補選を例に指摘している。