過去2回は難産…夫が守ってくれたとしか思えない

胎内の命を預かっていたプレッシャーの日々を思い返しながら、小さな赤ちゃんを見つめた。午後4時30分。6.6パウンド(約2890グラム)の誕生だった。

だが、この時涙は出なかった。1、2週間前、妊娠中の苦労を思い出し、「きっと無事に産むことができたら。感激で涙、涙なのだろうな」と、すでにじんわりきていたわたしだったのに……。

無痛分娩のマジックにかかり、あまりにもあっけなくポンと、まさにポンと産めてしまったため、感激のタイミングを逸してしまったのだ。しかも過去2回のお産、それはそれは想像を絶する難産だったので、今回のあっけなさがよりいっそうあっけなく感じられてしまう。

でもやはり、今日1日の「度重なる幸運」を運んできてくれたのが夫だったとしたら、このあっけないくらいの大安産も納得がいく。太一の時は、イタリアへ留学して10日後の出産だったために不在だったが、力斗の時は、出産に立ち会った。

立ち会う予定ではなかったのに、分娩台にのったまま7時間もわたしは苦しみ、分娩室から出て行きそびれた夫は、結局立ち会ってしまったのだ。3分間隔の陣痛を7時間も見続けた彼が、今回はあっけないくらいの大安産にしてあげようと導いてくれたのかもしれない。

妊娠中があまりにも悲惨だったので、せめて出産は気がぬけるほど楽にしてあげようとしたの? なんだか夫がどこかそばにいる! いる! どこ? 

そんな気持ちになりキョロキョロすると、あかちゃんが泣いた。あなた? あなたなの?

長男太一くんの出産のときは陽一さんはイタリアに留学中。写真は晴美さんが太一くんとイタリアに行った時のもの 写真提供/杉山晴美

【次回は8月4日(水)公開予定です】

杉山晴美さん連載「あの日から20年」を最初から読む

【#1 あの日前編】「「無事でいて!」2001年9月11日、NYでテレビに向かって叫んだ日の話」
【#1 あの日後編】「夫は帰らなかった…2001年9月11日アメリカ同時多発テロの翌日見たもの
【#2 捜索前編】「一度避難していた?「アメリカ同時多発テロ」行方不明の夫の「当日の行動」
【#2 捜索後編】「「アメリカ同時多発テロ」振り回される誤情報・行方不明の夫の両親との対面
【#3 決意前編】「9.11テロで行方不明の夫探し…妊娠4ヵ月の妻を襲った「突然の出血」
【#3 決意後編】「飛行機突入2分前、夫は80階にいた――米同時多発テロ行方不明者妻が見た「現実」
【#4 前編】「911テロで夫は行方不明…事件4週目の「追悼ミサ」、3歳の長男の反応
【#4 後編】「日本人の遺体が見つかった…アメリカ同時多発テロ行方不明の夫「退職」の意味
【#5 前編】「アメリカ同時多発テロで行方不明の夫のことを、3歳長男に話した日の話
【#5 後編】「「子供たちを育てていかなければ」夫は911テロで行方不明…3ヵ月後の妻の決意
【#6 前編】「「空でお雑煮食べてるよ」アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明のまま迎えた元旦の話
【#6 後編】「10年目の結婚記念日、911後に夫不在で迎えた「3児の母」が思ったこと
【#7 前編】「結婚10年を目前に夫が行方不明…911犠牲者の妻が振り返る「22歳の出会い」
【#7 後編】「母ひとり娘ひとりの妻のため夫が姓を変え…911犠牲者の妻が考える「夫婦」とは
【#8 前編】「夫が行方不明になり5カ月…アメリカ同時多発テロに翻弄される妻から「夫への手紙」
【#8 後編】「夫はテロで行方不明、3歳と1歳の子もいる…妊娠9ヵ月の妻が決断した「出産」
【#9 前編】「アメリカ同時多発テロの「報復」で戦争勃発…犠牲者の妻が考えたこと
【#9 後編】「「犠牲者」の夫だったら何と言う?911後のアフガン戦争を子供たちにどう伝えるか
【#10 前編】「妊娠4カ月のとき911テロで夫が行方不明に…3人目出産の日の「奇跡」
【#10 後編】「過去2回の難産…アメリカ同時多発テロから半年後の出産、感じた「夫」の存在
【#11 前編】「夫は行方不明のまま…911から半年後「メモリアルデー」に生まれた子につけた名前
【#11 後編】「みんなの想いが名前に…アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明の中での出産に思うこと
【#12 前編】「911テロで夫が行方不明のまま出産…直後に「夫の遺体」が確認された日のこと
【#12 後編】「4歳2歳0歳の子たちと迎えた「夫の葬儀」…911から7ヵ月、妻の覚悟
【#13 前編】「観戦予定だった…911で犠牲になった夫の「2002サッカーW杯チケット」
【#13 後編】「アメリカ同時多発テロ「夫の葬儀」を終え…4歳2歳0歳と行った「帰国の準備」
【#14 前編】「「ぶーちゃ、また来るからね」アメリカ同時多発テロ・3人の子と来た夫のいる「現場」
【#14 後編】「4歳2歳0歳連れて帰国…911テロで犠牲になった夫の誕生日に妻が思ったこと
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