3人目の子供の妊娠中に夫がアメリカ同時多発テロに巻き込まれ、妊娠4カ月のときに夫が行方不明……そんな苦境に立たされた杉山晴美さん。夫の陽一さんが行方不明のまま出産の日を迎えたエピソードを伝える連載10回目、前編では、まだ予定日でなかったにもかかわらず、奇跡のようにちょうど夫の元同僚に会う時に出産となったことをお伝えした。そして会社の好意で病院へ向かう車を手配してもらったところ、その運転手は、陽一さんがよくお世話になり、晴美さんも乗ったことのある運転手の方だった。

まだ2週間先の予定日だったが、子宮口が開いていて…Photo by iStock

本当はいつ陣痛がくるかもわからず、3歳と1歳の子がいることもあって不安も抱いていた晴美さん。まるで晴美さんが安心して出産できるように陽一さんが導いてくれているように感じたのだ。

連載10回の後編では、いよいよ出産のときのことをお伝えする。

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夫もお世話になった運転手の方が…

夫は、深夜まで会社に残って働くことが多かった。そのため会社帰りに、よくリムジンをつかっていた。プライベートでも何回かそのリムジンをつかった。

去年の4月。メジャーリーグ開幕直後、家族皆でニューヨークメッツの試合を見に行ったことがある。スポーツ観戦が大好きな夫とわたしは、生でぜひ新庄選手を応援にいこうということになったのである。

2001年4月5日の、ニューヨークメッツのホームグラウンド、シティ・フィールドでプレーをする新庄選手 Photo by Getty Images

その日も不慣れな道を運転するよりは、と夫はリムジンをよんだ。その時のドライバーが韓国人のシンさん。そして9月の事件後、ハドソン川を渡らねばならない時も、何回かシンさんの車に乗った。シンさんはわたしたち家族のことをよく覚えてくれていた。メッツの試合に家族そろってうかれながら乗り込んだことも。

車中では楽しい思い出話に花がさいた……あの日は4月でもまだ寒く、シンさんは球場でメッツジャケットを買えばいいよ、とすすめてくれたんですよね。などなど。

シンさんはわたしのお腹のこともとても心配してくれていた。何人ものドライバーを抱えているそのリムジン会社ではあったが、シンさんの本業は牧師さん。時たましかドライバーの仕事はしていなかった。

そして今日、わたしのアパートの前に立っていたのがシンさんだったのである。家族の楽しかった思い出が蘇る。アメリカで夫と暮らした期間は短い。たった1年たらず。家族そろっての外出も少なかった。メッツ観戦はわたしにとってとても大切な記憶だった。

シンさんは、その記憶とともにそこに立っていた。その記憶とともに病院に向かう。なにからなにまでトントン拍子に今日はことが運ぶ。きっといいお産ができるであろう。なんの不安もなかった。