2021.08.06

メイドカフェの「メイド」が悩む、時間外労働としての「SNS労働」

ツイッターが「お仕事」になってしまう
中村 香住 プロフィール

ドブソンの「自己表象」と近しい概念として、アーヴィング・ゴッフマン(Erving Goffman)の「日常生活における自己呈示」(The Presentation of Self in Everyday Life)*3がある。「自己呈示」とは、相互行為のなかで自分がどういう人物であるかを相手に示すことである。この概念は、アイデンティティの構築管理の過程を説明するために参照されてきた。

自己呈示は、対面状況下で、日常的に、あまり意識されない中で行われる。それに対してドブソンが用いる「自己表象」(self-representation)は、メディアにおける自己の表象を指しており、より意識的に行うこと、自己再帰的であること(自分自身を意識的に対象化し、反省的視点に立って自己を再構築していくこと)が求められているという。

ドブソンの言う「自己表象」について、他にもいくつか特徴を挙げよう。まず、ドブソンによれば、自己表象には「自分のためにやっている」という暗示的または明示的な主張があり、行為主体的で、自覚的で、真正な自己著述性が前提となっている。少し言葉が堅くなってしまったが、具体的に言えば、たとえばSNSの個人プロフィールは、個人的な使用のために作られた、自分で選んだ「本物の」、そして単一の安定したアイデンティティを示すものであると思われている、ということだ。

 

SNS投稿は「自己表現」?

それから、ドブソンによれば、ソーシャル・メディアでの自己表象は、通常、商業的・ 政治的な目的よりも、本質的に動機づけられた自己表現や社交性を目的として行われると見なされているという。

ドブソンは、ポストフェミニズム時代のデジタル文化では、「選択と行為主体性」が生活(人生)、アイデンティティ、メディア実践を理解するための支配的な枠組みになっていると述べている。これまた難しい印象だが、たとえば、SNSにおいて、投稿にどのような文章や写真を掲載するかは、女性が主体的に自分の意思で選択しているとみなされているということだ。

関連記事