リムジンで病院へ…そこにあった「奇跡」

突然の入院にはなったが、陣痛の痛みがあるわけではない。とにかく保育園に預けていた二人の息子を迎えに行った。保育園の先生やお友達に、「これから産むことになったの」と報告すると、「OH!」とアメリカ人らしい派手なリアクションとともに、「がんばってね、楽しみにしてるわ」と励まされた。

息子たちにも、おかあさんはこの後病院に行って、今日と明日は病院にお泊りするけれど、その次の日は赤ちゃんを連れて戻ってくるからね。楽しみに待っていてねと、わかりやすくゆっくり説明することもできた。彼らもよく理解できたようだ。

自宅に戻ると友人がやってきた。富士銀行の総務の知り合いに相談したら、リムジン(日本でいうとハイヤーにあたるのだろうか)を使うように勧められ、乗ってきたという。そして、その車で病院に行くように言われたというのだ。その富士銀行の総務の知り合いという方は、夫のもと上司であった。なんともありがたいお話であった。

リムジンと言っても日本でイメージする長い車ではない。ハイヤーのような予約制のカーサービスで、Uberがない頃は特に頻繁にカジュアルに利用されていた Photo by Getty Images
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今回のお産は相当なドタバタ劇を予想していた。早産傾向にあると、2月のうちに告げられた時などは、ヘルプの母もまだ日本だった。そのため、夜中に陣痛が突然きたら、氷点下の寒さの中、友人宅へ二人の息子たちを預ける相談もしていた。なんとか母がアメリカ入りしてからも、母は車の運転ができるわけでもない。夜中にタクシーを呼ぶしかないだろうとも話していた。

今日のこの日の幸運はただの偶然なのだろうか。つかのまではあったが、旧友とのうれしい再会をはたし、子供たちに不安をあたえることもなく、余裕をもっての入院。お迎えのリムジンまで用意されてしまった。友人はわたしを送り出したあと、我が家で少しの間、子供たちと遊んでいってくれるという。わたしは安心して一人、リムジンが待つアパートの1階玄関へと降りていった。

そして、今日の幸運はやはり偶然ではない。夫のわたしへのエールなのだと確信した。それはリムジンのドライバーの男性の顔を見た瞬間にそう思った。そのドライバーは、わたしたち家族の思い出のドライバーだったのだ。

◇まるで陽一さんが導いたかのように、偶然が重なって奇跡的な出産の日を迎えた晴美さん。後編「過去2回の壮絶な難産…アメリカ同時多発テロから半年後の出産、感じた「夫」の存在」では、アメリカの病院での出産のことをお届けする。

杉山晴美さん連載「あの日から20年」を最初から読む

【#1 あの日前編】「「無事でいて!」2001年9月11日、NYでテレビに向かって叫んだ日の話」
【#1 あの日後編】「夫は帰らなかった…2001年9月11日アメリカ同時多発テロの翌日見たもの
【#2 捜索前編】「一度避難していた?「アメリカ同時多発テロ」行方不明の夫の「当日の行動」
【#2 捜索後編】「「アメリカ同時多発テロ」振り回される誤情報・行方不明の夫の両親との対面
【#3 決意前編】「9.11テロで行方不明の夫探し…妊娠4ヵ月の妻を襲った「突然の出血」
【#3 決意後編】「飛行機突入2分前、夫は80階にいた――米同時多発テロ行方不明者妻が見た「現実」
【#4 前編】「911テロで夫は行方不明…事件4週目の「追悼ミサ」、3歳の長男の反応
【#4 後編】「日本人の遺体が見つかった…アメリカ同時多発テロ行方不明の夫「退職」の意味
【#5 前編】「アメリカ同時多発テロで行方不明の夫のことを、3歳長男に話した日の話
【#5 後編】「「子供たちを育てていかなければ」夫は911テロで行方不明…3ヵ月後の妻の決意
【#6 前編】「「空でお雑煮食べてるよ」アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明のまま迎えた元旦の話
【#6 後編】「10年目の結婚記念日、911後に夫不在で迎えた「3児の母」が思ったこと
【#7 前編】「結婚10年を目前に夫が行方不明…911犠牲者の妻が振り返る「22歳の出会い」
【#7 後編】「母ひとり娘ひとりの妻のため夫が姓を変え…911犠牲者の妻が考える「夫婦」とは
【#8 前編】「夫が行方不明になり5カ月…アメリカ同時多発テロに翻弄される妻から「夫への手紙」
【#8 後編】「夫はテロで行方不明、3歳と1歳の子もいる…妊娠9ヵ月の妻が決断した「出産」
【#9 前編】「アメリカ同時多発テロの「報復」で戦争勃発…犠牲者の妻が考えたこと
【#9 後編】「「犠牲者」の夫だったら何と言う?911後のアフガン戦争を子供たちにどう伝えるか
【#10 前編】「妊娠4カ月のとき911テロで夫が行方不明に…3人目出産の日の「奇跡」
【#10 後編】「過去2回の難産…アメリカ同時多発テロから半年後の出産、感じた「夫」の存在
【#11 前編】「夫は行方不明のまま…911から半年後「メモリアルデー」に生まれた子につけた名前
【#11 後編】「みんなの想いが名前に…アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明の中での出産に思うこと
【#12 前編】「911テロで夫が行方不明のまま出産…直後に「夫の遺体」が確認された日のこと
【#12 後編】「4歳2歳0歳の子たちと迎えた「夫の葬儀」…911から7ヵ月、妻の覚悟
【#13 前編】「観戦予定だった…911で犠牲になった夫の「2002サッカーW杯チケット」
【#13 後編】「アメリカ同時多発テロ「夫の葬儀」を終え…4歳2歳0歳と行った「帰国の準備」
【#14 前編】「「ぶーちゃ、また来るからね」アメリカ同時多発テロ・3人の子と来た夫のいる「現場」
【#14 後編】「4歳2歳0歳連れて帰国…911テロで犠牲になった夫の誕生日に妻が思ったこと
【#15 前編】「9月11日から1年…日本に帰国した「アメリカ同時多発テロ遺族」の私がやったこと
【#15 後編】「「お父さんテロで死んじゃったの?」911から1年の日、4歳の息子が直面したこと
【#16 前編】「夫が犠牲に…アメリカ同時多発テロの翌年から、なぜ私は想いを書き続けたのか
【#16 後編】「手記がドラマ化…「アメリカ同時多発テロ」犠牲者の妻が感じた「伝える意味」
【#17 前編】「「親の死」を子に伝えるには…3歳のとき実父を亡くした911犠牲者の妻が思うこと
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【#18 前編】「911の犠牲者の妻が、2011年3月11日東日本大震災の日に起こした行動
【#18 後編】「「親の死」を子に伝えるには…3歳のとき実父を亡くした911犠牲者の妻が思うこと
【#19】「アメリカ同時多発テロ遺族「母と息子3人」911から10年超えて見た「新たな夢」
【#20 前編】「「子供依存」への恐怖、実母のがん…アメリカ同時多発テロ犠牲者の妻の決意
【#20 後編】「アメリカ同時多発テロ遺族「母と息子3人」911から10年超えて見た「新たな夢」