14年ぶりに友人と再会する日のこと

【3月11日】
奇しくもあの忌まわしい事件からジャスト半年のメモリアルデー、3月11日に無事三男を出産した。

事件から時間がたつにつれ、少しずつ人々の脳裏からあの衝撃が小さくなりつつあったなか、この日は半年目のメモリアルデー。アメリカでは、朝からひっきりなしに半年目の式典の様子や半年前のテロアタックの映像などがテレビで流れていた。夜にはグラウンドゼロ(ワールド・トレード・センター跡)から2本の青いトリビュートライトが空に向けて長い線を描くという計画もある。

2002年3月11日にトリビュートライトがNY上空に走った Photo by Getty Images
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この日わたしは、旧友の訪問をうける予定だった。中学から大学までをともに過ごした友人ではあったが、大学を卒業してからは会う機会がなく、まさに14年ぶりの再会だった。

彼女は大学卒業後、富士銀行に就職し、今も秘書室にいた。夫とも同じ大学卒業ということもあり、彼ともまた面識があった。それだけに今回の事件はこの友人にとっても大変ショックなものだったのだろう。忙しい仕事の中、短い休暇をとって、ニューヨークを訪れることにしたという。わたしの出産予定日は3月27日。まだ日もあるし、我が家で久しぶりの再会を果たそうという話になっていた。

友人はマンハッタンのホテルに宿泊していた。わたしは午前中、産婦人科の定期健診の予約があったため、お昼頃、フェリー乗り場まで車で迎えに行くはずだった。だがその予定は大幅に変更になった。

検診の結果、この朝、子宮口は4センチも開いていたのである。出血もあった。陣痛こそまだきてはいないものの、自分で車を運転して友人を迎えに行き、いっしょに昼食をとるなどという呑気なことを言っている場合ではなかった。

ドクターは、すぐにでも入院予定の病院に行き、この午後にでも陣痛促進剤をいれ、出産すべきだというのである。確かに、男手のない我が家である。このまま自然に陣痛を待って夜中になり、二人の子供をおいてバタバタすることを思えば、今のうちに落ち着いて病院に向かうほうがはるかに安心である。

わたしは友人に電話をいれ、事情を説明した。彼女はとりあえず、我が家に来てくれるという。久しぶりの再会は30分くらいのものになってしまうかもしれないけれど、一目でもあえれば、と。