心の奥底に横たわる湿地帯

立ち直ったといったって、すべてを一気にふっきれるわけではない。そんなの当たり前だし、そもそもそんなことができるとも思っていない。
わたしの心の奥深くは、いまだに湿地帯である。

けれど、それはふだんは地中深くにあるため、日常生活にはまったく支障はない。明るく元気に無理なく過ごしている。が、時としてなにかの拍子にジワジワジワッと心の表面にその湿地は浮いてくるのだ。

それははじめ周期的にやってきた。周期が短かったのも、時間が経つにつれ間隔があくようになり……それでもまだまだ渇き消えることはない。あと何年、何十年、いやわたしが生きている間、その湿地帯は消えることはないのかもしれない。

けれど、わたしはそれでいいのだと思っている。わたしのなかのそのウェットな部分は、ウェットなわたしとして大事にしようとも思っている。

明るく楽しく元気に生きる。もちろんこれはわたしの人生の真髄である。が、ともすれば、カラッカラの馬鹿かこいつは……みたいな、潤いのない人間にもなりがちで……けれど、そうはなりたくない。明るく元気な中にも、他人の痛みや悲しさを自分のそれとして思い、いたわれる部分……それが、わたしの心の奥底の湿地帯。

静かで暗い。けっして荒れ狂っている海のような激しいものではもうない。静かに、ほんとうに静かに存在しているのである。やはりこの部分とつき合う時は、それなりに辛いけれど……。けれど、大事にしよう。できてしまった湿地帯、今は静かに受け入れよう。

陽一さんは行方不明のまま、お腹には9カ月の子を抱えている…こんな平和な光景が、宝物の思い出となってしまった 写真提供/杉山晴美

◇夫・陽一さんがテロで行方不明という悲しみと、戦争への悲しみを抱えながら、ひとり考える晴美さん。後編「「犠牲者」の夫だったら何と言う?911後のアフガン戦争を子供たちにどう伝えるか」では、犠牲となってしまった夫・陽一さんなら果たしてどのように考えたのか、率直な思いをお伝えする。

杉山晴美さん連載「あの日から20年」を最初から読む

【#1 あの日前編】「「無事でいて!」2001年9月11日、NYでテレビに向かって叫んだ日の話」
【#1 あの日後編】「夫は帰らなかった…2001年9月11日アメリカ同時多発テロの翌日見たもの
【#2 捜索前編】「一度避難していた?「アメリカ同時多発テロ」行方不明の夫の「当日の行動」
【#2 捜索後編】「「アメリカ同時多発テロ」振り回される誤情報・行方不明の夫の両親との対面
【#3 決意前編】「9.11テロで行方不明の夫探し…妊娠4ヵ月の妻を襲った「突然の出血」
【#3 決意後編】「飛行機突入2分前、夫は80階にいた――米同時多発テロ行方不明者妻が見た「現実」
【#4 前編】「911テロで夫は行方不明…事件4週目の「追悼ミサ」、3歳の長男の反応
【#4 後編】「日本人の遺体が見つかった…アメリカ同時多発テロ行方不明の夫「退職」の意味
【#5 前編】「アメリカ同時多発テロで行方不明の夫のことを、3歳長男に話した日の話
【#5 後編】「「子供たちを育てていかなければ」夫は911テロで行方不明…3ヵ月後の妻の決意
【#6 前編】「「空でお雑煮食べてるよ」アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明のまま迎えた元旦の話
【#6 後編】「10年目の結婚記念日、911後に夫不在で迎えた「3児の母」が思ったこと
【#7 前編】「結婚10年を目前に夫が行方不明…911犠牲者の妻が振り返る「22歳の出会い」
【#7 後編】「母ひとり娘ひとりの妻のため夫が姓を変え…911犠牲者の妻が考える「夫婦」とは
【#8 前編】「夫が行方不明になり5カ月…アメリカ同時多発テロに翻弄される妻から「夫への手紙」
【#8 後編】「夫はテロで行方不明、3歳と1歳の子もいる…妊娠9ヵ月の妻が決断した「出産」
【#9 前編】「アメリカ同時多発テロの「報復」で戦争勃発…犠牲者の妻が考えたこと
【#9 後編】「「犠牲者」の夫だったら何と言う?911後のアフガン戦争を子供たちにどう伝えるか
【#10 前編】「妊娠4カ月のとき911テロで夫が行方不明に…3人目出産の日の「奇跡」
【#10 後編】「過去2回の難産…アメリカ同時多発テロから半年後の出産、感じた「夫」の存在
【#11 前編】「夫は行方不明のまま…911から半年後「メモリアルデー」に生まれた子につけた名前
【#11 後編】「みんなの想いが名前に…アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明の中での出産に思うこと
【#12 前編】「911テロで夫が行方不明のまま出産…直後に「夫の遺体」が確認された日のこと
【#12 後編】「4歳2歳0歳の子たちと迎えた「夫の葬儀」…911から7ヵ月、妻の覚悟
【#13 前編】「観戦予定だった…911で犠牲になった夫の「2002サッカーW杯チケット」
【#13 後編】「アメリカ同時多発テロ「夫の葬儀」を終え…4歳2歳0歳と行った「帰国の準備」
【#14 前編】「「ぶーちゃ、また来るからね」アメリカ同時多発テロ・3人の子と来た夫のいる「現場」
【#14 後編】「4歳2歳0歳連れて帰国…911テロで犠牲になった夫の誕生日に妻が思ったこと
【#15 前編】「9月11日から1年…日本に帰国した「アメリカ同時多発テロ遺族」の私がやったこと
【#15 後編】「「お父さんテロで死んじゃったの?」911から1年の日、4歳の息子が直面したこと
【#16 前編】「夫が犠牲に…アメリカ同時多発テロの翌年から、なぜ私は想いを書き続けたのか
【#16 後編】「手記がドラマ化…「アメリカ同時多発テロ」犠牲者の妻が感じた「伝える意味」
【#17 前編】「「親の死」を子に伝えるには…3歳のとき実父を亡くした911犠牲者の妻が思うこと
【#17 後編】「中学生の長男が手記の読書感想文を…911犠牲者の妻が感じた「夫の存在」
【#18 前編】「911の犠牲者の妻が、2011年3月11日東日本大震災の日に起こした行動
【#18 後編】「「親の死」を子に伝えるには…3歳のとき実父を亡くした911犠牲者の妻が思うこと
【#19】「アメリカ同時多発テロ遺族「母と息子3人」911から10年超えて見た「新たな夢」
【#20 前編】「「子供依存」への恐怖、実母のがん…アメリカ同時多発テロ犠牲者の妻の決意
【#20 後編】「アメリカ同時多発テロ遺族「母と息子3人」911から10年超えて見た「新たな夢」