DNAで形をつくる「DNAオリガミ」 はたしてナノスケール鶴は折れるのか?

材料費24万円をかければ可能!?

いまや将棋や囲碁では人間を寄せつけず、短編小説まで書いてしまうほどに進歩したAI(人工知能)。その研究には、人間の脳を模倣することで、人間の知能はどうなっているのかを知るという目的もあります。しかし現実には、人間のような「知性」「創造性」をもつAIは、いまだにつくれていません。

それはなぜだろう? もしかしたら「材料」がまちがっているのかも?

今、金属や半導体ではなく、私たちの身体をつくるタンパク質や核酸、脂質などの有機物でAIを組み立ててみようという「ケミカルAI(化学人工知能)」の研究が始まっています。

2017~2018年にブルーバックス ・ウェブ・サイト(Kodansha Bluebacks)の連載「生命1.0への道」で、生命創造に挑む合成生物学の最前線をレポートし、ブルーバックス『我々は生命を創れるのか』として書籍化した藤崎慎吾さんが、「分子ロボット」や「ケミカルAI」が人間のような知能をもつ可能性に迫ります。

化学で探る「知の起源」

約40億年前、地球上の生命は、いかにして誕生したのか。そもそも「生命」とは何なのか。究極の問いに迫る最新のアプローチとして「合成生物学」があります。時計の仕組みを知るために、自ら時計をつくってみる。同じように生命を自らつくることによって、その仕組みや起源を解明しようとする学問分野です。

私は本ウェブサイトに連載した「生命1.0への道」と、それをベースに書いた『我々は生命を創れるのか』(講談社ブルーバックス)で、合成生物学の最新動向を追いました。その過程で、隣接する別の分野「分子ロボティクス」に出会いました。我々の体を構成するタンパク質や核酸(DNAやRNA)、脂質といった有機物で、極小の「分子ロボット」を化学的に組み立てようとする分野です。同じく有機物で生命を組み立てようとする合成生物学とは、重なり合っているとも言えます。

合成生物学は理学寄りですが、分子ロボティクスは工学寄りで、医療や環境分野などにおける応用が期待されています。しかし最近は分子ロボットに情報処理能力を持たせて「ケミカルAI(化学人工知能)」をつくり、我々の「知能」がいかに生じるかを探ろうとする研究も始まっています。「生命の起源」ならぬ「知の起源」を知る試みとも言えます。

金属や半導体のような無機物ではなく、我々の脳と同じ有機物でできたケミカルAIにこそ、人間のような知能が宿るかもしれません。そう思った時、私が追うべき次の「1.0への道」が見えてきました。分子ロボットやケミカルAIは、どのように誕生しうるでしょうか。まずは、それを可能にする技術から探っていきます。

DNAは化学的な合成物

たった1枚の紙を切ったり貼ったりすることなく、ただ折るだけで立体的な造形物へと変化させていく「折り紙」――それは日本の伝統的な遊びであり、アートでしたが、今や「ORIGAMI」として世界中の人々を魅了しています。また、その技法は人工衛星の太陽電池パネルや自動車のエアバッグを小さく畳んだり、缶やペットボトルを潰しやすくすることなどに生かされています。

21世紀に入って、全く新しい「オリガミ」が誕生しました。それは紙ではなく、なんとDNA(デオキシリボ核酸)を使います。私たちの遺伝情報を担う、あの二重らせんです。「だったらオリガミじゃなくてオリDNAだろう」とツッコミたくなりますが「DNAを素材にして様々な構造物をつくる」というコンセプトが「オリガミ」という言葉で表現されていると思ってください。

この「DNAオリガミ」も、初めは科学者の好奇心や「遊び心」から生まれたようです。ただ、それだけで研究は続けられませんから、様々な応用が考えられてきました。その先に分子ロボットやケミカルAIの「部品」として使う、という発想もあります。例えば普通の金属製あるいはプラスチック製のロボットで言えば、ボディ(筐体)やフレーム(骨格)、あるいはアクチュエーター(駆動装置)に当たる部分です。

とはいえDNAオリガミをやっている人に出会ったら、やっぱり素朴に、こう聞いてみたくはなります――「それって鶴は折れますか」と。

【写真】折鶴 折り鶴 figure by gettyimages
【CG】DNAのイメージ DNAのイメージ・グラフィック CG by iStock

関西大学 先端科学技術推進機構 特別任命教授の遠藤政幸(えんどう・まさゆき)さんは、日本におけるDNAオリガミの草分けであり、第一人者です。大阪府における3度目の緊急事態宣言が解除された約10日後、その研究室を訪ねてみました。

遠藤さんは「化学者」です。DNAと聞けば一般的には「生物の一部」というイメージが強いのではないでしょうか。しかし「学生のころからDNAは化学的に合成できるものでしたから、それが体の中に入って何かするとか、そういうことはあまり考えませんでした」と遠藤さんは言います。「そんなに生物的なものとも見ていない。もう本当に合成物、分子です」

【写真】遠藤政幸さん 実験室で作業をする遠藤政幸さん photo by Shingo Fujisaki

確かにDNAは1950年代から人工的に合成できるようになりました。今では「DNA自動合成機」という機械が普及して、比較的短いDNAであれば手軽に合成できるようになっています。DNAは「A(アデニン)」「T(チミン)」「G(グアニン)」「C(シトシン)」という4種類の核酸塩基(文字)が連なった紐あるいは糸ですが、それを好きなように配列して紡げるのです。

関西大学にも、かなり使いこまれた合成機が1台ありました。ただ合成には時間がかかるため、多量に必要な場合は専門の業者に注文して、つくってもらうことのほうが多いようです。

【写真】関西大学にあるDNA自動合成機 関西大学にあるDNA自動合成機。すでに補修部品も手に入らない「往年の名機」とのことだが、今も大切に使われている photo by Shingo Fujisaki

ところで二重らせんになったDNA(二本鎖DNA)の太さは、約2nm(ナノメートル)です。髪の毛の太さが0.1mmだとすると、その約5万分の1、ヒト細胞の直径と比べれば約1万分の1、新型コロナウイルスと比べても約50分の1です。長さは、らせん1周分で約3.48nmです。

これでつくった「オリガミ」は、ナノサイズが基本とならざるをえません。逆に言えば非常に小さな構造物や、場合によっては機械(ナノマシン)をつくれるわけです。ウイルスくらいの構造物や機械ができれば、まずは医療分野への応用が期待されます。

例えば生体内に入ってガンになった細胞を探し、見つけると薬を放出して、その細胞を死滅させるDNAオリガミが、すでに試作されています。半導体や炭素素材、人工的な化合物などを使う従来のナノマシンでも、同様なシステムは考えられていますが、ヒトの体に入れるとなると、DNAのほうが馴染みやすそうです。何しろ、すでに体内にある物質ですから。

遠藤さんは、そのような応用も視野に入れつつ、今は様々なDNAオリガミを試行錯誤しながら、つくっています。

DNAオリガミでつくられた複雑な構造物を示す動画(解説は英語)。通常は六角形の樽状になっているが、ガン細胞に触れると真ん中から開いて、内部に入っていた薬(抗体)が放出される

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