では、どんな動画を見るのかといえば、対戦する予定の選手に以前勝った試合、負けた試合のもの。それらを、編集しハイライトで見るのではなく、1試合通して見る。

なぜなら流れがわかるからだ。スポーツは、試合の流れを長くつかみ続けたほうが勝つ。

流れが変わる潮目を映像で客観的に理解することは、次の戦いで役に立った。ノートに吸い上げた情報をもとに作戦を立てると、一度負けた相手にリベンジできた。

「以前は、負けた試合を見るのがすごく嫌いだった。悔しくて、悔しくて。負けた自分を見るのが嫌だった。(松崎)コーチからも、負けた試合も見ろなんて指示されなかったし。でも、やっぱり必要かな?って思ってみると、あらためて感じることがあったんです」

そんな様子を感じ取っていたのか、松崎からも「試合のときに自分が感じたことと、負けてから動画を見返して感じることは違うものがあるよ」と言われたそうだ。そこから負けた試合も見るようになった。

負けたときのほうが学ぶことは大きいと気づいたんです

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書けば、自分で考えられるようになる

誰しも勝ったときよりも、負けたときのほうが謙虚になれる。よって、伊藤も新たな学びを受け止められた。

「勝つ試合も見ますから。負けてばかりじゃないですし(笑)。どの場面でどう体を使えているとか、逆にちょっとここは違うねとか。そういうポイントみたいなものをノートにどんどん書いています」

では、綴ってきた行為は、伊藤にどんな効果をもたらしたのか。

それはズバリ「自分から考えられる」ようになったことだという。

 「ノートに書けば、自分から考えるようになる。何も考えずに動画や他選手の試合をただ見ているのではなく、ノートに書くことが前提であれば、(書きつける)ポイントとかを考えるようになるんだと思う」

伊藤はまた「小学生までは、自分の言葉を持っていなかった」と話す。
 
「6年生まで、主なコーチはお母さんで、お母さんが恐かった(笑)。思っていることなんて言えなくて。でも、6年生の終わりくらいからお母さんが、少しずつ私の話を聞いてくれるようになった。そのあとに松崎コーチがついてから、もっと意見を言えるようになった」

ノートはのちに「対策ノート」と呼ばれるようになった。取材した2018年秋の時点で、伊藤が手にしていたのは79冊目。80冊目からは、伊藤がひとりで紡ぐことになる。

それは、リオ五輪開催期間に、伊藤が選手村、松崎はスタッフ宿舎と物理的に離れ離れになったことに起因する。しかし、ノートは別々になったものの、絆は深まっている。

伊藤が松崎コーチと書いてきたノート。中学1年からともに歩んできた師とともに、自分たちの卓球を追求してきた足跡が書き残されている。門外不出で中身は見せられないのが残念だが、情報管理の一環ともとらえられる。女子としては初めて2年連続で全3種目を連覇した全日本卓球選手権大会(2019年1月)より少し前の取材だったが、「(3種目初制覇の前回大会から)1年間があっという間でした。(連覇の)プレッシャーはありません」と笑顔で答えた。©KANZEN『世界を獲るノート』より