心底嫌なことを我慢していると…

私には元々堪え性が備わっていない。

「我慢してやっときゃよかったなぁ」なんてことは星の数ほどはないけど、北斗七星ぐらいはある。勉強、紫外線対策、大学時代の友達作り、片思いの告白、歯列矯正、マメにお礼状を書く、不動産投資などだ。

だけど、我慢しときゃおいしい思いができただろうけど、今となってはやめて正解だったなと思えることは、獅子座流星群くらいある。

一万円のプラセンタを電話で売りつける時給2000円のバイト、頼んでもないのにいつか役に立つからと色んな人を紹介されること、威張り散らかすだけの権力者と飲むこと、プライベートの席で芸人のスイッチをオンにしてイジリ倒されること。

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今こうして振り返ると、やめてよかったと思えるものに共通しているのは、誰かが誰かの尊厳をかすめ取ろう、しゃぶり尽くそうとしていることに気づく

右も左もわからない頃は、ただただ目上の人の言う通りに動き、それはそれで学びは多かったので、経験させてくれた方々には感謝している。だが、言いなりになる状態が続くと、自分を見失ってしまうし、決断が億劫になってしまう。決断を先延ばしにすることは、後々ツケが大きくなって回ってきそうな気がした。ツケとは、我慢してきた反動で結果的に他人を傷付けてしまうことだ。

写真提供/バービー

モヤモヤは知らず知らずのうちに溜まっていって、いつしか怒りのマグマとなり、何かの弾みで噴火してしまう

例えば、芸人たるや先輩に呼ばれたらすぐさま酒席に駆けつけて、雑用をしたり、盛り上げたりするのが当たり前という時代がはるか昔に存在した。奢っていただくので、ありがたいことに変わりない。自分を落として盛り上げ役に徹したり、誕生日でもないのに「この子誕生日だからシャンパン入れてあげて」と名前を使われたり、自分で言うのもなんだが、便利な奴だったと思う。

さすがに次の日に仕事があるので帰ろうとしたら「いつもは朝まで付き合ってくれるのに」と逆ギレされたり、また別の席でお金を支払う側の立場の時には、「サイフ姉さん」と呼ばれるようになり、ちょうど30歳を過ぎたあたりでプツンと糸が切れたように我慢するのをやめてしまった。