「東京五輪2020」で露呈したこの国の統治の崩壊を振り返る

再生への途は「不正への怒り」から
白井 聡 プロフィール

はじまりは一人の男の「ムシャクシャ」から

五輪開催は鼓吹してきたアベノミクス政策を勢いづけ、20年にもわたって停滞が続いてきた日本の復活を印象づけるものだ、とされた。ああ、輝かしい東京五輪、世界中の人々が、行き届いた「お・も・て・な・し」と「クール・ジャパン」の素晴らしさに目を瞠るはずだ、と。

こうした夢と、われわれがいま現実に見ている汚物のようなものとの落差から受けるショックによってわれわれが一種の生まれ変わりを経験しないならば、そう遠くない将来、われわれはより巨大なショックによって不可避的に目覚めさせられるほかないであろう。そのような激烈なショックをもたらす出来事とは、戦争や経済崩壊、あるいはその両方である。新型コロナ危機、五輪の強行、そして秋の総選挙に至る期間は、破滅への道行きから引き返すことのできる、おそらくは最後のチャンスとなるだろう。

ならば、われわれは東京五輪2020なるものに、なぜ夢を見てしまったのか。どんな夢を見ていたのか。それが問われなければならない。

 

思えば、それはひとりの男の「ムシャクシャ」から始まった。「周りの国に勝手なことを言われてだな、国会はバカなことをやってる。むしゃくしゃしてるときに、何かちょっとおもしろいことねえか、お祭り一丁やろうじゃないか、オリンピックだぞということでドンと花火を打ち上げればいい」(2006年3月)。

この発言の主は、1999年から2012年まで東京都知事を務めた石原慎太郎である。こうして東京都は2016年夏季オリンピックの招致へと動き出すが、2009年10月のIOC総会でリオデジャネイロに敗れる。しかし、石原は諦めず、すぐに2020年の大会招致へと号令をかける。

それにしても、石原の「ムシャクシャ」とは何だったのだろうか。要するにそれは、「失われた20年(いまは30年)」に対する苛立ちだろう。バブル崩壊以降、空虚なグローバリストたちの改革の掛け声が耳障りに響き渡るなかで、企業の競争力は低下し、若年層は就職氷河期に苦しめられ、平均的国民の生活の内実は貧困化の一途をたどった。小泉純一郎政権の掲げた「構造改革」なるものは、日本経済を再び上昇気流に乗せるものだと喧伝されたが、約束した果実はもたらさなかった。のみならず、それは今日にまで続くシニカルな衆愚政治の始発点だった。

なるほど、そんな状況の下では「ムシャクシャ」するなという方が無理だ。そこに襲い掛かったのが、2011年3月11日に起きた東日本大震災であった。「ムシャクシャ」は、不安、恐怖、悲嘆と化合し、得体の知れない巨大なものとなっていったのではなかったか。

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