「東京五輪2020」で露呈したこの国の統治の崩壊を振り返る

再生への途は「不正への怒り」から
白井 聡 プロフィール

そして、菅義偉首相は、「五輪中止の選択肢ない」(7月27日)、「本日はお答えする内容がない」(首相秘書官、7月28日)。内容がないのは「本日」には限らないが、それでもやはりこの空虚さにはあらためて驚くべきものがある。

「日本人は底抜けのアホ」とタカをくくる為政者たち

この状況下で「日本選手、金メダルです!」と騒ぐテレビ局の異様さは言うまでもないが、日本の選手が優勝するたびにツイッターを更新したり、台本を官僚に準備してもらってまで選手に祝電を掛ける菅首相はもっと異様である。

時事通信の報道によれば、「コロナ禍での五輪開催には批判的な世論が多かったが、政権はメダルラッシュで国民の五輪祝福ムードが高まることを期待。『雰囲気がいい』(自民党幹部)、『政権に追い風になればいい』(官邸幹部)など歓迎する声が広がる」。

「俺は勝負したんだ」という菅の「勝負」の本質と戦略がここに明瞭に現れている。「オリンピックが始まり日本人選手が活躍すれば、日本人はコロナ対策の数々の失敗、オリンピックにまつわる数々のスキャンダルなど忘れてしまう。政権支持率は上昇し、秋の総選挙では勝てる」。

 

当り前のことだが、日本人選手が五輪で健闘することと、菅政権/自公政権の有能さや政治的正統性との間には何の関係もない。この二つの事象を関連づけるのは、論理破綻である。しかし、ともかくも菅はこの論理破綻に勝負の賭金を置いている。要するにそれは、今日の日本人はそのような国民――何の定見もなく、その時々のムードに流され、わずか数カ月前の記憶すら脳内にとどめることができず、論理的思考能力はゼロの群衆――でしかないとの前提に立った戦略である。

果たしてこの戦略は勝利を収めるのか。指摘せねばならないが、為政者が「コロナ患者は自宅で寝てりゃいいんだ」とか「日本人は底抜けの阿呆なので五輪で目くらまししておけば万事OK」などと想定できるのは、根拠なきことではない。安倍晋三が、数々のスキャンダルにまみれながら「悪夢の民主党政権」から「日本を取り戻す」などといった譫言の類を発し続けて7年8カ月も政権を維持できた――国民の支持を受けてきた――のだから、そのような国民でしかない、と菅も小池も見切っているわけだ。彼らは衆愚制の指導者としては正しい。

だが、われわれは本当にそんな存在でしかないのか。東京五輪2020が数え切れないほどの不祥事にまみれ、恥をさらしてきたことは、実は好機である。なぜなら、それはわれわれの社会の陥っている惨状を映し出しているからだ。

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