検索エンジンもSNSも…ネットに埋め込まれた「ランキング」の功罪

人気が人気を呼ぶ循環構造の不合理
宇田川 敦史 プロフィール

意識しづらい不合理さ

厄介なのは、このランキングを見るときに、私たちはそのような不合理な構造が埋め込まれた結果としてみないことだ。純粋に、重要なものが上に来ているはずだという直観に基づいて判断をしてしまい、上から数件をちらっと見る程度で終わってしまうことが一般的ではないだろうか。多くの場合、ランキングは何か公正なルールに基づいた競争の結果であり、「客観的」で恣意性のないものとしてとらえられがちである。しかし実際はその「客観性」はきわめて限定的な意味であり、そこに「正確性」の保証は含まれていないのだ。

この構造は、検索エンジンだけではなく、多くのSNSや、ニュースサイト、クチコミサイトなどにも埋め込まれている。Twitterのリツイートや、Facebookのシェアは、その数が多ければ多いほど、「多くの人に求められている」とみなされ、トレンドやタイムラインへの表示頻度が高くなる。

そうなれば、その情報が正しいかどうかにかかわらず、より多くの人の目に触れることになり、「拡散」していくことになる。それが、「感情には訴えるが正確さに欠ける」ものであれば、「フェイク・ニュース」や「デマ」の拡散につながるわけだ。一方で、「正確だが直観的なわかりやすさに欠ける」情報が拡散しえないことは当然の帰結だろう。

最近では、Yahoo!ニュースやNewsPicksなどのニュースサイトのコメント欄でも同じような現象が起きている。掲載されているニュース自体は一定の基準によって編集されているとしても、そこに寄せられているユーザーのコメントはやはり「人気」に基づいてランキング表示されている。時に誤読や偏見に基づく過激な意見が、コメントの上位に散見され、さらにそれが多くの人の目に触れることでますまず支持が集まっているかのような効果をもたらすわけだ。

Yahoo!ニュースアプリの「ランキング」表示例(2021年6月29日取得) 時間当たりのコメント数がランキングの基準になっており、各記事でもっとも「人気」のコメントが表示されている

情報選別のツールであり、ネタでもあるランキング

確かにランキングは、大量の情報を選別して共通認識をもたらす枠組みとしてはすぐれた側面をもつ。無数のWebサイトがあふれ、情報過多になっているメディア環境においては、Googleがランキングをつけてくれることで、「多くの人が見ているもの」を即座に探し出すことができる。Yahoo!ニュースのアクセスランキングや、Twitterのトレンド、Amazonの売上ランキングなどが人気なのは、ほとんど無限に近い情報量の中から短時間で「多くの人が見ているもの」だけを知ることができるからだろう。

そして、冒頭でも触れたとおり、ランキングは「ウケる」。同じコンテンツであっても、ランキング形式であること自体が多くの人の注意を惹きつける。メダルを争うオリンピックがランキングを楽しむ祭典であるように、ランキングはエンタテインメントの要素になりえるのだ。

例えば、音楽ヒットチャートで有名なオリコンのサイトでは、音楽や映画のランキングだけでなく、「好きなお天気キャスターランキング」や「理想の後輩ランキング」など、おおよそ実用的とはいい難いランキングを発表している。ここでは、ランキング自体が話の「ネタ」であり、消費の対象なのである。

このように、ランキングには「ネタ」としての要素と、実用的な「情報」としての要素が混在している。例えば、「大学ランキング」は、受験生やその家族にとっては行くべき大学を選定する情報源だが、それ以外の人にとっては、話の「ネタ」でしかないかもしれないわけだ。

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