出産とは、どんなに健康な人でも、様々なリスクがある。絶対に安心安全なお産はないと言われているのはそのためだ。では、世界をゆるがす大きなテロに夫が巻き込まれて行方不明、3歳と1歳の男の子もいる場合、どうしたらいいのだろうか。

2002年2月、妊娠9ヵ月だった杉山晴美さんは、夫の陽一さんが2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロに巻き込まれ、行方不明のままという状況に直面していた。妊婦の状態で飛行機に乗るリスクもあれば、引っ越しの多大な労力もある。しかもなにより陽一さんはまだ行方不明のままだった。
晴美さんが20年前の事件を忘れてはならないと伝える連載の8回目、前編では陽一さんへの手紙を含め、率直な思いを綴った日記をお届けした。その後編では、まだ陽一さんの情報が何もないまま、出産をどこでするのかの決意を、子供たちへの思いも合わせてお送りする。

3歳の太一くんから「ぶーちゃ」と呼ばれていた陽一さん 写真提供/杉山晴美
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子供たちへ

3人みんなすごい運命を背負っているね。こんな幼いうちからね。でもね、いまも君たちはみんな幸せだよ。大勢の人たちが君たちのこと、とっても心配してくれてる。ほんとにたくさんの愛に包まれているんだよ。これってほんとーに幸せなことで、感謝しなきゃいけないことなんだ。

お父さんがいる家庭の幸せは手に入らなくても、逆にめったに手に入れられない幸せを手にすることに、深く深く感謝しようね。

お母さんも3歳の時、病気でお父さんが死んじゃって、しかもお母さんにはきょうだいがいなかったから、ばあばとお母さんとふたりっきりでずうっと暮らしてきたけれど、お母さんはちっともさみしくなかったよ。いろんな人がとっても可愛がってくれたし、いつも楽しかった。お友達がお父さんと楽しそうに遊んでても、特別いじけたりもなぜかしなかったなあ。それってきっとお母さんがほんとうに幸せだったから、そうできたんだろうね。

お母さんは、すぐ怒るし、泣いたりするし、まだまだ立派なお母さんじゃないけど……君たちに胸張って、これがお母さんだ! お母さんの生き方だ! よーく目に焼き付けとけ! と、そんな堂々としたお母さんになりたいと思っているんだ。

だからこれからも、いっぱい笑っていっぱい泣いて、ケンカしても仲直りして、いっぱい話し合って、歌って踊って、美味しいもの一緒にいっぱい食べて、楽しいところにいっぱいおでかけして……元気に明るく楽しく生きていこうね! お空のぶーちゃもいつもいつも君たちを見守ってくれているよ。

君たちもお母さんもほんとに幸せだね。これからも、もっともっと幸せになろうね。