中途半端な自分がもどかしかった

さらに第二子がその3年後に誕生した。夫が「PERFECT HUMAN」で紅白歌合戦に出場した翌年だった。

以前に比べると、休日は週に一日ほど作れるようになり、地方の営業が以前より少なくなったぶんスケジュールは比較的緩やかになっていた。でも、相変わらず夫は多くのレギュラー番組に出演し、忙しかった。そして、大ヒットの楽曲に恵まれながらも常に、いつか呼ばれなくなったらどうしよう、「PERFECT HUMAN」の次の一手はどうしよう、という不安を常に抱えていた。

私は二人の子供を抱え、記憶がないほどに目まぐるしい日々だった。

そして私も、自分や子供のことで不安だった。その頃にはママ友、パパ友のような友人とともに過ごすようになっていたが、隣の芝は青く見えるとはよく言ったもので、周りのママやパパが完璧に子育てと仕事との両立をしているように見えた。

長女が2歳くらいの頃、家族でディズニーシーに行った時の写真です。提供/福田萌
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私はテレビの出演機会はめっきり減り、さほど仕事もしていない身。なので、仕事をしっかりとこなしている人に比べては自分の不甲斐なさが嫌になったし、専業主婦を全うし子育てや教育に注力している友人と比べてはあまりにも自分の中途半端さが目につき、土日になると家族でどこかへ出掛けて思い出を作ってくるご家庭と比べては私と家で過ごすだけの我が家の子供達に申し訳ない気持ちになった。

夫が仕事に集中できるように、と、私も車のペーパードライバー講習を受け、車で郊外に子供たちを連れて行ったり、旅行に繰り出したりしたが、すぐに息切れ。何もかもうまくいかない自分自身のイライラを、夫にぶつけたりもした。