初めての子育ては、ほとんど一人だった

出会ってから数年間の夫は、すごくすごく忙しい人だった。例えるなら、泳ぎを止めると死ぬと言われているマグロみたいだった。華々しいテレビでの活躍はよく知っていたし、私たちもテレビでの共演が縁で知り合ったが、テレビ収録のない日は新宿のルミネザよしもとや大阪、京都にある吉本所属の芸人さん専用の劇場に出演し、相方の藤森さんと共に漫才を披露していた。

他にも、週末になると各地方での漫才公演が行われる。移動時間を含めると、朝イチで出かけていき深夜に帰ってくる休みのない毎日。本当に1日たりとも休みがなかった。新婚の頃、体が心配でもっと休みを作れやしないのか、と聞いたこともあった。

だけどその当時は「休みたいだなんて言ったら、全部の仕事がだめになってしまう。芸人は24時間面白いことを常に考えてなきゃいけないんだ。立ち止まれないんだよ俺の人生は」と語っていた。私はその時思った、私はアスリートと結婚したんだ、と。3ヶ月に1日、休みができたときですらもすごく不安そうな顔をして過ごしていた。このままどこにも呼ばれなくなって、仕事がなくなってしまったら、俺はどうしよう、と。

長女が生まれ、産院から退院した時の写真。提供/福田萌
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そして、1年後に長女が生まれる。長女もまさに、ルミネザよしもとの1回目の漫才公演と2回目の漫才公演の間に生まれ、奇跡的にもそのわずかな時間の中で立ち会い出産ができたのだった。長女が生まれてからも、夫の仕事のスタイルは変わらなかった。一方の私は、妊娠をきっかけに全てのレギュラー番組を卒業した。夫はますます自分が頑張らなくては、と仕事に没頭するようになり、私は初めての子育てをほとんど一人で向き合わなくてはならず、不安だった。