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「辞任は当然」か…? “小山田圭吾氏”騒動にみる「過去のいじめ」問題

被害者にとっては「過去」ではない

裁かれない加害者と隠れた被害者

東京五輪の開会式の楽曲制作担当に起用された小山田圭吾さんが、過去に雑誌のインタビューで告白していた「いじめ」に関する記事がインターネットで取り上げられたことによって批判が集まっている。

小山田さんは批判を受け止め謝罪し、辞任に至ったが、雑誌に掲載されていた「いじめ」の内容は、障がいのある生徒への性的・身体的虐待を伴うものであり、事実であるならば許し難く、衝撃を受けた人々も多かったであろう。厳しい非難の声が上がる一方で、雑誌は27年前に発行されたものであり、現在、問題とすることに疑問の声も上がっている。

 

昨今、韓国でも人気バレーボール選手が10年前の学生時代のいじめをSNSで告発され社会的非難が集まったことにより、所属チームからの無期限停止処分に加え、韓国代表資格を剥奪されている。

これだけ過去のいじめに非難が集中するのは、いじめられていた当時、泣き寝入りしなければならなかった経験を持つ人や、時代や空気によって正当化されてきた「いじめ」に不満を抱いてきた人が、SNSで声を上げやすくなったことも大きな要因だと考える。

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筆者は、加害者家族支援を通して、いじめの加害生徒及び保護者から相談を受けてきたが、被害者が自殺に至った事件の加害者一家は、SNSで氏名や保護者の勤務先が拡散され、転職や転居を余儀なくされる等、厳しい社会的制裁を受ける傾向にある。一方で、集団の圧力によって被害者が沈黙を余儀なくされ、泣き寝入りせざるを得ないケースも多々存在していると思われる。

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