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「野球道」「相撲道」など…乱立する“道”と日本人の危うい関係

今こそ知りたい! 「方法論」より「目的論」(9)/終
問題を解決しようとがんばっているけれど、自分が少しかわいいゆえに、その場しのぎの決断を繰り返す――そうして本来の「目的」を見失い、「方法論」ばかりに目を向けるこの国のリーダーたち。一方、一流アスリートたちは、「なぜ?」「どうして?」を繰り返し掘り下げて、正しい戦略のもとに正しい努力を積み上げて成功を収めている。
スポーツアパレル「アンダーアーマー」の日本総代理店・株式会社ドーム代表取締役CEO・安田秀一著『「方法論」より「目的論」「それって意味ありますか?」からはじめよう』より注目の章を短期連載!

安易に使われる「~道」

日本人を日本人たらしめている精神のひとつに「武士道」という精神文化があります。天下泰平の江戸時代を迎えて、戦うことを本来の職業とした武士たちの活躍の場がなくなっていきました。その過程において、武士たちは剣や肉体とともに精神を磨き、武士道という生きざまの定義づけが行われていったのがその背景になります

安田秀一氏 撮影/渡辺充俊
 

武士道について記された『葉隠』の一節に、「武士道というは死ぬことと見つけたり」という有名な言葉があるように、「死」を常に意識して、今の「生」をまっとうするという武士道の精神は、これまでお話をしてきた「究極の目的論」と重なります。

つまり、「目的論」は僕の持論でもなんでもなく、日本人のアイデンティティのひとつである「武士道」を礎にするものです。すなわち僕の体験においても、幼少期の母親の指導も、親父の生き方も、学校の先生の教えも、よくよく考えるとこの武士道精神が基礎になっていたことが多々あることに気づかされます。

ただ、一方で近年の日本では、このような本質的なところまで語られることなく、安易に「道」という言葉を用いることで、武士道が目指すところの精神性とはまるで逆行するような、根拠のない厳しい鍛錬や支配的な立場に結びつける風潮があることに些かの危惧を覚えています。

「道」という言葉を用いるのであれば、まずクリアにその定義をするべき、ということ。国語辞典によると、「道」は「芸術・技芸などのそれぞれの分野。また、その精神神髄」という意味のことが記されており、大きくは芸道と武道があります。

芸道の代表格は安土桃山時代に千利休が「わび茶」をきわめた茶道で、武道には柔道や剣道、合気道などが含まれます。反対に言えば、それ以外の「道」は広く定義されたものではありません。 

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