2021.07.20

精霊を見よ――ピダハン

「社会性の起原」92
大澤 真幸 プロフィール

ピダハン

言語学者ダニエル・エヴェレットの傑作モノグラフ『ピダハン』は、まことに印象的な場面の記述から始まる*2。エヴェレットは、ピダハンたちが騒ぎ立てる次のごとき声によって深い眠りから目覚めた。

「見ろ! やつがいる、イガガイーだ、精霊だ」
「そうだ、見えるぞ。おれたちを脅している」
「みんな、来てイガガイーを見るんだ。早く! 岸辺にいるぞ!」

「イガガイー」は、精霊の名前である。早朝、大声に起こされたエヴェレットは、彼にとっては「言葉(ピダハン語)の師」でもある同居人のコーホイに、「何事だ?」と尋ねた。コーホイは、緊張して身体をこわばらせていた。「あそこにいるのが見えないか?…イガガイー、雲の上の存在が川べりに立ってこちらに叫んでいる」。「どこだ? 見えないよ…川向こうのジャングルのなかか?」「違う! あの川べりだ。見ろ!」。こうしたやりとりを総括して、エヴェレットは書いている。「あそこ〔一〇〇メートルと離れていない真っ白な砂の川辺〕に何もいないのは私にとって間違いないのと同じくらい確かに、ピダハンたちは何かがいることを確信していた。もしかしたらあそこにはついいましがたまで何かがいて、わずかな差で私が見逃したのかもしれないが、みんな、自分たちが見ているもの――イガガイー――はなおもあそこにいると言い張った」。

これは、ピダハンたちのまさに共同注意の現場である。対象は精霊=イガガイーだ。ここまで論じてきたことの具体相を示すために、またここに仮説的に提起した理論を支持する証拠とすべく、ピダハンを実例として取り上げてみよう。ピダハンは、アマゾンの熱帯雨林の中で暮らす狩猟採集民である。「文明」との接触が極端に少ない、孤立した少数部族だ*3

 

かつて本連載で一度ピダハンに言及したときに述べたように、ピダハンの言語は、他のほとんどの言語と比べて、かなり単純である。音韻の面でも、また語彙の数という点でも単純だが、特に文法面での単純さは注目に値する。ピダハン語には「再帰リカージョン」がないのだ*4。再帰とは、文の中に文(や句)を入れ子状に(何段階も)組み込むことである。たとえば、「エヴェレットは、ピダハンは善良な人々だと語っていた」という文は、包括的な文の中に小さな文をはめ込んでいるので、再帰的構文だ。エヴェレットは、ピダハンの言語を調査する中で、「再帰」の不在に気づいた。

これは「再帰は普遍文法の一部である」という、生成文法派が公理のように信じていた仮説を反証する、画期的な発見だった。この発見に対しては、生成文法派から不当な反論があったということについては、以前に述べた通りである。だが、次のように言うことはできるだろう。ピダハン語の文法は、「再帰」を含む多くの言語に比して単純である、と。

エヴェレット自身は、言語進化について一般的に論じた、後の著書の中では、次のような図式を提示している*5。まず、単語を慣習的な規則にしたがって線形に並べるだけで有意味な発話を構成する言語がある。これをG1言語と呼ぶ。ついで、文や句に(樹形図で表すことができるような)階層構造をもつG2言語が現れる。さらに、階層構造の中に「再帰」が入ると、最も複雑な文法をもつG3言語になる。G1→G2→G3と言語は複雑化していくわけだが、エヴェレットの仮説では、G1ほどに単純な言語は、ホモ・サピエンスよりもかなり前の人類においてすでに獲得されていた*6。ピダハンの言語はG2言語で、G1言語とG3言語の中間段階にあたる。

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