アジア人もアジア系ハーフも、その幼稚園では娘一人だけでした。まだ小さかった娘はそれで傷ついたとか差別されたとかいう感覚はなく、一緒に楽しく踊っていたようですが、スタッフの一人は流石に気まずいものを感じたのか、娘に「あなた吊り目じゃないし中国人に見えないわねー」などと髪の毛を撫でながら言っていたそうです(そういう問題じゃない 汗)。
なお、この歌は、2017年にパリ近郊の中華系保護者団体がSNSで告発し、反人種差別NGOを通してフランス教育省に抗議したことをきっかけに、幼稚園で歌う歌から削除されています。

こうした環境で育つためか、2021年時点の今のフランスの成人のあいだでは、未だに「アジア人のステレオタイプ化を差別と認識しない」という考えが多いです。グリズマンがアジア人にチンチョンチャンというのが差別だと思っていなかったとしても不思議はありません。

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差別を全力で否定する理由

揶揄やジョークで気軽にステレオタイプを押し付けてくる人たちの多くは、自分の言動が差別だと自覚していません。また、差別はフランスでは刑事告訴されて有罪判決が出れば刑事罪で前科になりますので、みんな「差別」だと指摘されると、全力で反論してきます。

たとえば「中国人!」と道端で叫ばれた時に、足を止めて「それはレイシストだ」と言ったとします。返ってくる答えは、「中国人を中国人と言っただけ。何がレイシストなんだ」です。それに対し、「私は日本人だ」と言ったとします。すると、たいてい以下のような“屁理屈”が返ってきます。

1. 「で? 同じだろ?」(フランスでは中華系ベトナム人など国籍が中国でない中華系の人が多く、中華レストラントランでも寿司と中華とボブンが一緒に売られているため、中国人という言葉がアジア人と同義語だと思っている人はかなり多い)

2. 「中国人じゃないなら、私が言ったのはお前のことじゃないだろ? 私は中国人と言ったんだし、お前が中国人じゃないなら関係ないだろ?

3. 「人種差別というのはホロコーストとかのことで、これは違う。これはただのユーモアだ」

4. 「わたしは中国人の友達がいるが、やつらはお前みたいにキッキしないでもっとクールだ。お前にはユーモアがない」

差別する側は「差別の自覚も意図も加害してやろうという積極的な悪意もない」かもしれませんが、相手を人種・性別・体格もしくは「どうせ言葉がわからない」という前提で舐めてかかっているからこそ、気軽に衝動で、相手にどう思われるかを無視した差別的言動ができるのだと思います。