20年ほど前、フランスの新聞記事で「誰が差別の犠牲者だと思うか」という街角アンケートを目にしたことがあります。「アラブ人」「アフリカ人」「ユダヤ人」がトップを占め、「アジア人」は「フランス人自身」よりも更に下位の、ランキングの番下でした。

フランスでは、アジア人は差別の対象ではない、と長年思われてきました。今でもそう思っている人はたくさんいます。

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教育の場にも浸透するアジア人差別

しかし、フランスに長く住んで、とくに都会で徒歩と公共交通手段を中心とした生活をしていると、「中国人!」「チンチャンチョン!」と通りすがりにふざけながら言葉を投げかけられることは結構あります(ちなみに、多くのフランス人の意識の中では東アジア人は日本人も含めて全員「中国人」です)。フランス人の友達などに「私、アジア人のこういう目がエキゾチックで素敵だと思うのよね」と悪気なく「吊り目」をされることもあります。悪気がないことがわかっていても、良い気分はしません。

こうした日常に溶け込み、ショッキングなこととも差別とも思われずに普通に行われている差別のことを、フランスでは「racisme ordinaire(日常化した差別)」といい、この言葉はアジア人の差別を語るうえでよく使われています。

そしてracisme ordinaireは、教育の現場でも起こっています。

以前、ネットの日本人コミュニティのユーザフォーラムで、幼稚園に息子を送り届けたあとにふと外から園庭を覗いたところ、自分の息子が他の子たちに「中国人!」と叫ばれながら追いかけられているのを見てしまったという在仏邦人が、幼稚園側に言っても「中国人を中国人といって追いかけるのはいじめじゃない」と言われどうしたらいいだろう、という相談をしていました。その時に娘を妊娠していた私は、「子供を持つとこんな問題に直面していかなければならないのか」と不安になったのを覚えています。

そしてある日、我が子が「幼稚園で教わった!」と喜んで、私の前で中国人を極端にステレオタイプ化した歌の歌詞と振付を歌い踊ったときは衝撃を受けました。幼稚園に「こうした歌詞や仕草は私たちアジア人にとっては侮蔑的なものです。中国人ではなくてもアジア系ハーフである娘にそれをさせるのはどういうことなのでしょう?」と質問しに行きました。

「日本と中国には歴史的軋轢があり、双方の国民の中にはいまだにわだかまりを抱えている人も多い。だからこそ余計、日仏ハーフの娘が中国人の前でこういうことをしたら困る」とも付け加えました。