熊谷正寿〔GMOインターネットグループ代表〕「iPadのワクワク感は'94年と同じ」

予測の達人・菅下清廣が連続直撃
セオリー

 '99年には、インターネットの管理団体である「ICANN」より、当時、アジア圏で唯一の公式ドメイン名登録機関に選出され、「お名前.com」の名称でドメイン登録サービスをスタート。

 そして、レンタルサーバー利用料やドメイン登録料を年間数千円という圧倒的低価格のサービスとして展開したところ、あっという間に1万件以上の顧客が導入。

 今ではアクティブなドメイン登録数120万件、レンタルサーバー契約数43万件を超える、国内最大のシェアを獲得するまでに。現在も同社の基幹ビジネスの一翼を担っている。

手帳に書いた「35歳で上場」の文字を本気で追いかける

---では、そろそろ「クマガイ式」手帳のお話を。最初に手帳を使おうと思われたきっかけは。

「私は20歳で結婚し、21歳で女児に恵まれます。この頃は、朝から晩まで父の会社の社員として働きながら、放送大学の聴講生として勉強もしていました。夫、父親、会社員、学生という1人4役の生活に、忙殺されていた時期です。

 父の方針もあり、給料は激安。そして、誰よりも長く働く。妻から『生活費が足りないので、働きに出たい』と言われたこともありました。こんな生活を続けることに、意味があるのだろうか・・・。そんなある日、『成功者は目標を定め、まず紙に書くことから始める』という話を聞き、自分の夢を紙に書き出してみることにしたのです。

 将来やりたいこと、なりたい自分、思いつくままに書き連ねました。この作業がすごく自分を楽にしてくれた。夢を考え、紙に書き続けるうちに、『今はこうだけど、将来はこうなるんだ!』という気概がふくらんでいった。

 そしてその紙を手元に置いていつでも見られるよう、手帳に入れて持ち歩くようになりました。この時から、僕と手帳の二人三脚が始まっていくんですよ。

 『事業家として圧倒的ナンバーワンの会社を作る』『35歳で会社を上場させる』といった、明確な夢も生まれました。

 そして、『未来年表』という未来に向けた自分の人生の設計図を作成し、現在の自分との差を書き出してみた。当時から15年分、35歳までの設計図を作っています。

 それからすぐに、この未来の設計図を人生の守るべきベースと決め、現在の自分と未来の自分の差を埋める作業を開始。夢の実現に向けてひとつずつ、コツコツと、アクションしていったのです。そのおかげで、株式公開は夢から40日だけ遅れましたが、36歳で実現しています」

---それから「55年計画」を作成されたわけですね。

「No.1の会社を作るために財閥の歴史や宗教も研究した」