107歳の世界的美術家が遺した「人生のことば」孤独と自由編

これでおしまい

歳をとってはじめて得られる喜びがある。

2021年3月に107歳の生涯を終えた世界的美術家、篠田桃紅さん。
5歳の頃から父に書の手ほどきを受け、1956年に単身渡米。以来、精力的に作品の発表を続けた彼女。
「女性は結婚して家庭に入るもの」という価値観を嫌い、自分の考えで生きたいと願った彼女が遺した「人生のことば」は、今を生きる私たちの心に響く金言が満載です。彼女の人生観を綴った最後の著書『これでおしまい』から、彼女の書と金言をご紹介します。
7月21日の朝日新聞『折々のことば』にて、篠田桃紅さんのことばが紹介されました。
世の中はすれ違い、筋違い、食い違い。
どこか掴めなくて、誰もが虚しい思いをしているんじゃない?

人生というものは何もわからない

「人生というのは、長く生きてきたけれど、何もわかりませんよ。こうしてただ生きてきたんだと思うだけで。でもそれでいいと思う。この百余年ばかりこの世に生きて、この宇宙、人生、そういうものをわかろうなんて思ったって、そりゃあ無理です。」(篠田桃紅)

 

三男四女の第5子として、旧満州・大連に生まれた篠田さん。ハイカラな一面、父の躾は封建的な儒教の教えをもとにした厳しいものでした。

「男女7歳にして席を同じうせず」と言い渡され、女学校時代の「修学旅行」なども全て禁止されていました。しかし、桃紅さんの少女時代の思い出からは自立心が芽生え、団体行動や教育よりも自分の考えを貫こうとする姿勢が見えます。そんな彼女の少女時代の思い出はこちら。

「少女時代の思い出といえば、私はいつも先生に叱られていました。勝手なことをするって。小学校に入ってから、何事も自分の考えでやるから、わがままな子だと言われるんだ、ということに私は気づいた。『みんなと一緒にやりなさい』って注意されたのはしょっちゅう。『私はこうやりたいんだ』って言うと、『そういうことはいけません』

音楽の時間に、みんなで合唱をするなんていうのは、あまり好きじゃなかった。みんなと一緒にやることがどうも性に合わない。遠足などで、ぞろぞろぞろぞろ。みんなと同じ方角へ歩くのはとてもいやでした。列をつくって、兵隊さんのように。

叱られるのは、女学校に入っても変わらない。成績はいいけど、学校の規則に従わない生徒。だいたい、制服なんて着るのいやでしたもの。今のような制服ではなかったんですけど、スカート丈、ひだの数、紺のサージでつくるとか、決まりがあった。私はひだをうんと細かくするほうが、ずっと見栄えがすると思ったし、その頃から自分が考えるようにしたかったのね

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