プロサーファーとして活躍しながら、ビーチクリーンなどの活動を通じてSDGsの普及や、YouTuberとしても活動の幅を広げている野呂玲花さん。アスリートとして発信を続ける中で、自身の“コンプレックス”に向き合い、肯定できるようになったといいます。競技生活や海外での気づき、プロサーファーだから思う“海を守る”ことについて、話を伺いました。

野呂玲花(のろ・れいか)1994年12月13日、大阪府生まれ。中学1年生の時にサーフィンを始め、中学3年生時には全日本サーフィン選手権優勝。高校1年生でプロに転向。初めてのプロトライアル参戦「JPSA千葉鴨川」で優勝。2019年に自身がプロデュースする水着ブランド「Lueur.swim(ルー・スイム)」を立ち上げる。YouTubeチャンネル「れいかのポカポカLIFE」でYouTuberとしてなど活躍の場を広げている
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「世界を目指したい!」と夢見るように

高校1年からプロサーファーとして、国内外で活躍している野呂さん。6年間のワールドツアー出場を経て、2018年より拠点を国内に移しツアーを回っている。

プロへの挑戦を決めたのは、日本チャンピオンになった中学3年生のとき。サーフィンを始めてから、歴にして若干3年だった。

「両親も弟もサーファーだったので、サーフィン自体は身近なスポーツでした。当時住んでいた四国の海にもよくついていきました。でも、小学生のときは、中学受験で勉強が忙しかったり、習い事のダンスを続けていたりと、サーフィンに興味が向かなかった。やってみようかなと思ったのが中1だったんです」

初めてながら、一度のトライでショートボードの上に立ち、そのまま波に乗って進んでいったという野呂さん。その姿を見たプロサーファーに、「センスがある」と褒められ、「調子に乗ってそのまま続けることにした」と笑う。

「それが、国内でも有名なプロサーファー・間屋口香さんでした。四国で通っていたサーフショップの方で、プロの大会を見に行っては、『私もあの場所で戦いたい!』『世界を目指したい!』と夢見るように…。身近に憧れの存在がいたのは大きかったですね」

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プロテストに合格すると、中高一貫の高校から通信制に転校。日本チャンピオンの次は世界チャンピオンだと、意気込んでスタートを切った。

しかし、現実はそう甘くない。プロの世界で海外選手との違いを突きつけられたことが、アメリカ・カリフォルニアを拠点に6年間過ごす決意になったという。

「海外選手たちの『絶対に負けない』という気持ちの強さは、国内大会ではなかなか感じられないものでした。サーフィンの大会は、同じタイミングで4人か2人かで海に入り、波に乗る優先権を巡って駆け引きが行われます。安全上、1つの波に1サーファーというルールがあり、ポジション取りがとても大切なんです。その試合運びでも、『自分がいい波に乗るんだ』『ほかの選手には渡さない』というメンタルタフネスに圧倒されてばかり…。同じ強さを身につけるには、海外に出なければダメだと思いました」

渡米すると、競技につながる技術やメンタル強化以前に、普段の生活から“自分”をはっきり伝える姿勢を鍛えられた。

生活リズムや食生活、トレーニング内容に至るまで、「私はこの考えに基づいて行動している」とスタンスをはっきりさせる。日本ではメディアに取り上げられるたびに、自分の発言や容姿にコンプレックスを感じていた野呂さんにとって、周りの海外選手たちの姿勢はいい刺激になったという。