高学歴専業主婦への偏見と、その影に隠された女性たちの涙

 

先日、ある男性がツイッターで「高学歴の専業主婦が通訳のセレブバイトをしていた」「(このような女性は)キャリアをガリガリ重ねることには関心がない」「(そのような女性を)妻にすることは想像もできなかった」という主旨の内容をつぶやいたことが大きな反響を呼びました。

 

そもそもバイトであれフリーランスであれ働いているのであればそれは兼業主婦であって、専業主婦とは言わないのでは?という用語上の矛盾もさることながら、家庭責任を負ったことで能力があってもフルタイムで働き続けることが難しかったかもしれない、そうした可能性についての想像力が感じられなかったこと等が一部の層の逆鱗に触れたと思われます。

発言をした本人の問題意識はおそらく地域間格差にあるようですし、ここでは個人の言葉の端々をついて検証することはしません。ただ高学歴主婦の「意欲冷却」については私のこれまで書いてきた著書『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』のどまんなかのテーマなので、一般論としての高学歴専業主婦に対する見方と、それに対する反応についての見解を書いておきたいと思います。

女性が高学歴でも専門的な資格があっても、高収入の男性と結婚しさえすれば、がつがつ働かなくても済み、やりたければスキルを活かしてお気楽にお小遣い稼ぎができる——。こうした見られ方は専業主婦につきまとい、実際ある層からは羨望の対象にもなってきたと思います。

労働市場側が、結果的にフルコミットできない人材を、「あくまでもお小遣い稼ぎだからいいでしょ」と、都合のいいときだけ都合のいい値段で調整弁的に非正規で雇ってきたという構造もあります。家族賃金が男性に支払われることが前提で、それでうまくまわっているように見えた時代もあったでしょう。


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