東京から京都に移り住んだジャーナリストの秋尾沙戸子さんと、秋尾さんを京都の師とあおぐ漫画家の東村アキコさんの連載「アキオとアキコの京都女磨き」、今回のテーマは「祇園祭」

昼には立派な山鉾が都大路を堂々と進み、夜には提灯の明かりで幻想的な姿を見せる「祇園祭」を、“夏によく見かけるお祭りやイベントのうちの1つ”と思っているなら大間違い! 祭りといえど、その背景にあるのは「疫病退散」ってホント!? これまで8回、祭の1ヵ月間ほぼ毎日、神事行事を追いかけてきたという秋尾さんが、長い歴史を誇る「祇園祭」の魅力と、京都に根付く「感謝の心」について、コロナ以前に撮影されたお写真とともにお伝えします。

記事最後に掲載の漫画家・東村アキコさん本連載書き下ろしイラストも必見!

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知っているようで知らない?
今年で1152年を迎える「祇園祭」の秘密

京都に居を構えた理由のひとつに、祇園祭がある。かつて東京で暮らしながら、ほぼ毎年のように7月の京都に通った。好きなのである。心躍るのである。コンチキチン……。宵山(巡行前の夜)、祇園囃子を聴きながら駒形提灯を眺めるときの恍惚感。蝉時雨を背景に、美しい懸装品をまとって巡行する豪華絢爛な山鉾を見たときの誇らしい気持ち。これを至福といわずして、何と呼ぼうか。私の魂は時空を超えた不思議な共鳴を覚え、生かされている悦びと感謝でいっぱいになるのである。

駒形提灯に彩られた宵山は実に幻想的。写真提供/秋尾沙戸子

だが、白状しよう。かつて私が見ていたものは、祇園祭のほんの一部。東京から通っていた私は、何もわかっていなかったのである。祇園祭が疫病退散の祭であることを。その背景に、前回触れた「蘇民将来伝説」があることを。華麗な山と鉾が巡行したあと、夕方には神々が神輿に乗って氏子区域を巡り、四条寺町の御旅所に7日間留まることを。

実際、京都ほど疫病退散に熱心な都市もないだろう。平安時代から幾度となく疫病に悩まされ、人々はその都度、神仏に祈った。その原因を、政争に負けて無実の罪で命を落とした人の祟りだとか、海外から入ってきた疫神(疫病をはやらせる疫病神)の仕業だと考え、先人たちは目に「見えない存在」を怖れた。そこで御霊や疫神に対して、読経や歌舞芸能を捧げて、機嫌がよくなったら他の場所へ持っていく、あるいは水に流してしまう。これが祇園信仰の根底にあり、やがて長い歴史の中で形を変えながら、祇園祭は今年で1152年を迎える。

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現在の祇園祭は2本立てである。町衆による「山鉾巡行(やまぼこじゅんこう)」と、八坂神社による「神輿渡御(みこしとぎょ)」だ。7月1日の山鉾町での「吉符入」(きっぷいり、神事事始め)を皮切りに31日まで1ヵ月の間、毎日何か行われる祭だ。ハイライトは7月17日と24日。神々が3基の神輿に乗って町へ出ていかれる日と、八坂神社に還られる日だ。

祇園祭が疫病退散? あの高価なカーペットで覆われた山車に、人形や空高く伸びる鉾を載せて練り歩くお祭でしょ。テレビで見たことあるわよ。欧州や中東の織物をかけているから、「動く美術館」だって聞いたよ。それが疫病退散って、どういうこと? こんな風に疑問に思う人も多いだろう。 

これまで8回、祭の1ヵ月間ほぼ毎日、氏子でもある私は神事行事を追いかけてきた。伝えたいことは山ほどあるが、今回は「疫病退散」を中心に紹介したい。