死後の世界は近くにある… 津波の犠牲者に「憑依」された女性の体験

カオスのような「死後の世界」
奥野 修司 プロフィール

「死者の魂」を押しのける感覚

「光は見えないか? 光をさがしなさい」と金田住職が言った。

男は必死に光をさがしているが、「見えない。人が多すぎて何も見えない。真っ暗だ」と困ったように言った。

 

「これから、あなたと娘と奥さんのことを思ってお経を読むから、光をさがしなさい」

しかし光は見つからず、「ワカナ、ワカナ〜」と、まるで迷子になった子供のように名前を叫んでいた。そのたびに住職の読経が止まり、男に語りかける。

高村さんも立ち上がって一緒に光をさがし始めたが、その時、初めて自分がいた世界を見て「地獄か!」と思ったという。

「よく目を凝らすと、あたり一面が人の海でした。いわば、満員電車の中にいるみたいに、死んだ人たちがひしめき合っているのです。泣き声、叫び声、すすり泣く声、ヒステリックに叫ぶ声、ぶつぶつとつぶやく声、声、声、声……。人間ではない声も聞こえてきました。彼ひとりでこの人垣をかき分けながら進むのは並大抵ではないと思い、手助けするつもりでその男性の横に並びました。そして一緒に人を、というか浮遊する(死者の)魂を押しのけたんです。その感触は今も残っています」

「男がいたという海の中をかき分けて進むのですか?」

「溺死したあとは、別に海の中にいるわけではないんです。溺死した時は海の中にいましたが、それが終わるとチャンネルを変えたみたいに瞬間移動して次のステージに移ります。それが真っ暗な世界なのです。そこを必死に……」

「必死に、ですか?」

「ボーッとしてたら、いきなり光をさがしなさいと言われたんです。自分自身が生き返る確証もない。だったら、自分の体を奪い返すしかないと思ってがむしゃらでした。

真っ暗な中で必死にかき分けていたら、何かにつまずいた気がしたので見ると、泥だらけのベビーカーが転がっていました。それを踏みつけるようにしてしばらくすすむと、ようやく風を感じる場所に出たのです」

「風を感じる場所?」

「ええ、どう表現したらいいのか、たとえるなら、暗闇だった地下を通り抜け、ようやく地上に出たという感じでしょうか。そこは明るくて、風が感じられる場所でした。そうそう、追い風でしたね。そこに出ると、男性はその風に押されるようにして、光の方へ、光の方へとすすんでいったんです。それを確認すると、わたしは急いで自分の体に戻りました」

彼女が意識を取り戻すと、その場にいた全員が無言で彼女を見つめていた。予想もしなかった展開と、無事に戻ってきたことに安堵したのだろうか。

憑依していた霊が消えたというのに、泥臭いような生臭いような何ともいえない臭いがいつまでも残った。口の中にまだ泥が入っている感覚があり、しばらく口の中でジャリジャリと音を立てているような気がした。

通大寺からの帰り道、喉が潰れたように声が出なくなっていたので、なんとか水を飲もうとしたが、逆に咳き込んで戻してしまった。喉から出血していたらしく、吐いた水の中に血がまじっていたという。

その後、彼女は数日間、熱を出して寝込んだ。

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