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電気の「交流」システムを考案した天才ニコラ・テスラ誕生

サイエンス365days

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

エジソンの「直流」とテスラの「交流」

1856年の今日(7月10日)、交流発電機の発明で知られる電気工学者のニコラ・テスラ(Nikola Tesla, 1856-1943)が生まれました。

 

オーストリア帝国(現在のクロアチア)のスミリャンで生まれた彼は中欧の名門・グラーツ工科大学とプラハ大学で学んだのちハンガリーにある電話会社に就職しました。

ニコラ・テスラ(Nikola Tesla)photo by GettyImages

しかし、ハンガリーでの生活は一年足らずで終わり、テスラはパリにあるコンチネンタル・エジソン社に再就職します。同様にフランスでの生活も長くは続かず、しばらくして彼は上司の異動の関係でアメリカに移ることとなりました。

現代でもその対立が語り草であるトマス・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847-1931)とテスラが出会うこととなったのがこの時です。とはいえ、その当時は大企業の社長と社員の関係であった二人はそこまで深く関わりを持ったというわけではなかったようです。

「発明王」トマス・エジソン(Thomas Edison) photo by GettyImages

その後しばらくはエジソンのもとで働いていたテスラですが、思ったように腕を振るう機会に恵まれず、一年後に独立をすることにしました。

そして自らの名前を冠した会社を設立したテスラはその辣腕を発揮し、多くの発明を行いました。

彼の代表的な業績としてあげられるのが自らが考案した多相交流を用いて回転磁界を作るという原理をもとにして作成された交流誘導電動機(交流モーター)です。

また、テスラは同様の原理で誘導型発電機を作理ましたが、これは世界三大瀑布の一つであるナイアガラの滝にある発電所で用いられ、非常に効率の良い電気輸送が可能となったことが話題になりました。

「直流主義」のエジソンと「交流主義」のテスラの対立は現代でも非常に有名な話ですが、こと工業の分野においては「交流主義」が勝利を収めたと言っても過言ではないでしょう。

当時の電気工学を一変させてしまった天才・テスラの影響は現代でも色濃く残っており、記号Tで表される磁束密度の単位「テスラ」にもその名を残しています。

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