死者に「憑依」された女性が、古刹の住職に「除霊」してもらうまで

霊が見えるのが「普通」の生活だった
奥野 修司 プロフィール

押し寄せる震災の霊

 ところが、そのうち「何か変だ」と感じるようになってきたのです。震災の翌年の5月に入ると、違和感というか、自分の感情なのに自分の感情ではない感覚がどんどん強くなってきました。高熱にうなされているわけでもないのに、身の置き所がないというか、うまく言葉で説明できないので「何か変だ」としか言えないのですが……。頭痛がする時もあれば目眩がする時もあり、感情はジェットコースターのように不安定でした。

 

 死ぬ理由もないのに、常に希死念慮(死にたいと願うこと)がついて回る。体が重くて、典型的な鬱の症状です。母に「死にたくないのに、すごく死にたい。わたしの頭がおかしくなった」と泣きながら話したこともあります。

 違和感が異物感に変わるのはすぐでした。

 それまでなんとかコントロールできていた霊も、完全にコントロールできなくなりました。何人もの「他者の声」がいつも頭の中で響いていました。とにかく人の声があちこちから聞こえてくるのです。わたしのうしろに、霊が長蛇の列をつくっている感じです。そういえば、あの頃は仙台市内のどこを歩いても、霊を連れて歩く人が多かったですね。

 それまでは死者の霊がわたしの中に入って来ようとすると、スイッチを入れる感覚で蓋をすればシャットアウトできていたのに、それができなくなっていました。理由は、あまりにも大勢の霊が押し寄せたからでしょう。

病院に行けば、精神病にされてしまう

 その時、本心から怖くなりました。

 病院に行けばきっと精神病にされてしまいます。というより、そのことで自分自身、病気じゃないかと思うようになったのです。

 自分が自分でなくなっていく中で、なんとか自我を保ちながら「除霊」をしてくれるところをさがしました。いろいろと電話をしたのですが、値段が高額だったり「そういうのはやってません」と断られたりで、とうとう行き詰まってしまいました。

 そんな時にパソコンで、「宮城 除霊」と入れると、栗原市の通大寺がトップにあらわれたのです。なぜ通大寺がトップに出てきたのか、今でもわかりません。でもその瞬間、「ここだ!」と思いました。

 電話をすると女性が出られ、すぐに住職さんから折り返しの電話がありました。来てもいいという返事に安心したのでしょう。ぎりぎり踏ん張っていた力が抜けると、向こうの世界から大勢の霊が一気にわたしの中に入ってきました。今まで頑張って閉めていた扉が、とうとう開いてしまったのです。次第に自分が自分でなくなっていくのがわかりました。その時はもう、息も絶え絶えでした。

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