死者に「憑依」された女性が、古刹の住職に「除霊」してもらうまで

霊が見えるのが「普通」の生活だった
奥野 修司 プロフィール

コントロールができなくなった

 状況が変わったのは、高校時代に父ががんで亡くなってからです。父は特に信心深い人ではありませんでしたが、たぶん神様に愛されていたんだと思います。わたしにとって神様というのは、皆さんが神様と呼んでいるような方とは違い、神棚にいて「見えているけど名前のわからないもの」たちでした。言うなれば座敷童のようなものでしょうか。父がいる間はうまくバランスがとれていたのに、その父が亡くなって崩れたんですね。

 

 それまでは、わたしの周りにたくさんの霊がいても、コントロールすることができていたので何も問題はなかったのに、父の死をきっかけにして次第にコントロールが難しくなっていきました。やがてこれが霊たちの大暴走につながるとは……。

 あれは初七日を過ぎた頃でした。亡くなった方の霊にも怖い霊がいると初めて知ったのです。なによりギョッとしたのは、わたしのお腹から女性の顔が出ていたことでした。わたしのお腹に顔が生えたように飛び出し、こっちを向いているんです。あれは学校帰りの暗い道を1人で歩いていた時でしたから、本当にびっくりしました。慌てて近くのコンビニに駆け込み、母に電話して迎えに来てもらった記憶があります。父が亡くなるまではそんなことは一度もなかったのですが、この一事だけでなく、亡くなってからはギョッとするようなことがしばしば起こるようになりました。

震災と、介護施設での体験

 高校生活は自由気ままでしたね。とはいっても不良ではありません。成績は上位をキープしていました。本当は理系の大学で学びたかったのですが、金銭的に無理そうだったので諦め、自分で働いて学費を払える看護師の学校に行きました。学校を卒業すると派遣の看護師になったのですが、その3年後に東日本大震災が起こったのです。

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 3月11日の夜は、職場の机の上にラジオを置いてみんなで聴いていました。そのラジオから、仙台の荒浜に200人から300人の遺体が上がったというのが流れたんです。それを聞いた瞬間、震災関係の情報は全てシャットアウトしようと決めました。こういう体質なので、テレビやラジオでニュースを観たり聴いたりしても(霊を)拾ってしまうんです。これは今でもです。だから、わたしには震災に関する知識はほとんどないと思います。

 その後、働いていた介護施設でこんなことがありました。

 ホールには食事をしたり休憩したりするテーブルがあります。ある日、遅い時間にそこへ行くと、誰もいないのに、あるテーブルから首が出ているのが見えたんです。あれ、帰らなかった人がいるんだと思って近づこうとした瞬間、これは良くないと感じて踏みとどまりました。でも、目が合ったものだから、これは目をそらしたら負けると思い、向こうが消えていなくなるまでずっとにらみ合ったことがありました。

 朝は利用者さんが来るのを玄関で迎えるのですが、その中には利用者さんじゃない人も何人かまじっているのです。そんなことがあって、そこは辞めました。でも、直接の理由はそれではありません。その施設で、わたしの足元を300匹ほどのヘビがすり抜けていくのを見たのです。

 わたしにとって、ヘビや狐があらわれるというのは予知夢と同じで、何らかの凶事の予兆です。そういうことがあると、必ず1週間以内に何かが起こります。子供の頃からそうでしたから、不思議に思ったことはありませんでした。だからすぐ辞めたのですが、ただ、なぜかこの時は1週間経っても何も起こらなかったのです。

 そこでまた就活を始めました。

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