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韓国へのヘイトのフタを開けたのは、あの歴史的瞬間だった

この国を覆う憎悪と嘲笑の濁流の正体3
「匿名の悪意」の被害はもう止められないのか?
ネットに吹き荒れる誹謗中傷、国民を見殺しにする政府や権力者、強気を助け弱気を挫くメディアの病巣、日本の歪な現実の病巣を、いまもっとも硬派な論客、青木理氏(ジャーナリスト)と安田浩一氏(ノンフィクションライター)が語り尽くした+α新書『この国を覆う憎悪と嘲笑の濁流の正体』から、短期集中連載!

大きな分岐点は日朝首脳会談

青木 日本における「嫌韓」と韓国における「反日」はしばしばステレオタイプに同列視されるけど、日本のほうが状況はかなり悪化しているのかもしれないと思ったりします。

僕は韓国に合計で5年以上も滞在して、その大半を日本メディアに所属する日本人特派員として取材していたけれど、記者としても生活者としても、日本人であることを理由に不快な思いをしたことはありません。一度だけ深夜の居酒屋で特派員仲間と呑んでいたとき、酔っぱらった中年男性が「日本語でしゃべるな!」などと差別的な言葉遣いで罵り出したことがあったけれど、こちらが韓国語で話しかけると「おお、韓国語が話せるのか」と言って逆に仲良く一緒に酒を呑んだぐらいで。

 

そんな個人的な思い出話はともかく、少なくとも僕は温かく接してもらった記憶しかないし、周辺の日本人駐在員からも不快な思いをしたという話はほとんど聞いたことがない。日本を批判する集会などがしばしば開かれることはあっても、市中で個々の日本人に当たり散らす心性が韓国社会に広がっているとは感じられませんでした

一方、在日コリアンの記者がそれほどひどい目に遭っているとすれば、それで日本社会全体を決めつけるのはやはり強引にしても、ひょっとすると最近の日本のほうが草の根の状況は悪化していて、ネトウヨ的な心性がかなり広範に漂ってしまっているのかもしれない

話は変わりますが、あらためてその原点が何かと振り返ってみると、大きな分岐点は日朝首脳会談だったと僕は思うんです。

安田 2002年の?

青木 そうです。拉致問題が最大の焦点となり、日本政府が認定する拉致被害者のうち4人が生存、8人が死亡したと北朝鮮側が通告した会談。

2002年日朝首脳会談時の小泉純一郎氏(左)と金正日氏 Photo by GettyImages

安田 小泉訪朝のときですね。

青木 ええ、小泉純一郎と金正日による史上初の日朝首脳会談です。

僕は当時、ソウルで取材していて、ある先輩特派員がこんなふうに評したのを覚えています。「朝鮮半島との関係で日本が戦後初めて“被害者”の立場になったな」と。そのときはあまりピンとこなかったけれど、いま考えるとかなり核心を突いた分析でした。

どういうことかというと、戦後の日本は朝鮮半島との関係において常に加害者としての反省や謝罪を求められてきたわけです。戦前・戦中に日本が朝鮮半島を併合して言葉を奪い、名前を奪い、人びとにとてつもない被害を与えた歴史を踏まえれば至極当然だと僕は思うけれど、日本人拉致という北朝鮮の国家的犯罪により、いわば日本は戦後初めて朝鮮半島との関係で被害者の立場になった

その戦後日本の現実がどうだったかといえば、大枠では加害者として周辺国に反省や謝罪の意を示しつつ、社会の根底には朝鮮半島や在日コリアンへの差別や偏見もくすぶらせてきました。おおっぴらに差別的な言説を吐くのは愚かな少数者であっても、日本社会の中には差別や偏見が常に沈澱していて、就職や結婚といった際を含め、なにかことがあればそれは噴き出してもきた。

また敗戦から半世紀以上の時が過ぎ、あの戦争や半島統治の実態を知る世代が政治や社会の主流から消えていったのも2000年前後のことですね。それに伴って「日本はいつまで反省や謝罪を続けなければいけないのか」といった言説が勢いを増し、右派を中心に歴史修正主義的な言説も盛んに喧伝されてきました。

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