「税金を使って〇〇するなんて」のひと言で簡単に「反日」になる日本人

この国を覆う憎悪と嘲笑の濁流の正体1
青木 理, 安田 浩一

「反日活動に公金投入は許さない」

青木 安田さんは継続してウォッチされてきたと思うんですが、なぜ彼らは大村知事にあそこまで脊髄反射的な攻撃を仕掛けているんですか。芸術監督を務めた津田大介さんや作品の出品者を攻撃するなら旧来の右派的思考の文脈で理解できなくもないけれど、高須クリニックの院長とか河村市長などにそこまで真摯な天皇制への想いがあるとは思えない。

安田 地元の記者が言うには、もともとあいちトリエンナーレの前から、大村知事と河村たかしの間にものすごい齟齬があったと。いわば東大出のエリートと、地元の名古屋弁のおじちゃん、庶民派を気取る河村たかしの間には、さまざまな軋轢が発生していたと言うんです。そうした対立の下地があったうえに、トリエンナーレ問題が起こったと。

安田浩一氏 撮影/西崎進也
 

わかりやすい説明ではあったけれど、はたしてそんな単純な理由なのかなという疑問はあります。やはり背景には、それぞれが抱えている歴史へのまなざしと、人権に対する認識の違いがあると思うんです

トリエンナーレ問題も、最初に問題視されたのは慰安婦をモチーフとした平和の少女像でした。青木さんがくわしい領域だけど、日韓対立の構図の中で、あの少女像の存在というのは、保守派、右派を自称する人々の間にそれなりに衝撃を与えたと思います。だから、名古屋の運動を見ていると、基本は「なぜ慰安婦像を放置したのか。放置させたのか」という物言いのほうが圧倒的に多かった。その後、取ってつけたように「天皇の肖像を燃やした」ということを過剰に問題にしていった

あれもご存知のとおり、反天皇の文脈で火をつけて燃やしたわけではなくて、そもそも天皇の肖像を燃やしたのは富山県立近代美術館であるわけですよ。富山県立近代美術館が右翼の攻撃を受け、昭和天皇の写真をコラージュした作品を不適切だとして、作品それ自体ではなく図録を焼却処分したということを、芸術作品として表現したのがあの作品なわけです。この文脈をメディアはあまり報じていないし、ほとんどの人が理解していないから、天皇の写真を燃やした、少女像を設置した、この2点であいちトリエンナーレは「反日」展示だとされた。しかもトリエンナーレ全体のごくごく一部にすぎない「表現の不自由展」のその中の一部をもって、トリエンナーレ全体が「反日」展示であったかのようにフレームアップ(でっち上げ)して、嫌韓的な人々の関心と悪意を惹きつけることには成功した。

高須院長たちの運動は盛り上がってはいないんだけど、あいちトリエンナーレの是非を論じるまではいかなくても「公金を使って、税金を使って反日展示を行っている」という文脈をまともに受け止めてしまっている人は決して少なくない。繰り返しますが、公金とか税金という言葉が用いられるとそれなりに説得力が増してしまうという力学がたしかにあって、僕がこの件について名古屋の人に話を聞くと、「税金を使うなんて許せない」「税金で反日の展示をするなんてあってはならないよね」と、一部の人々の間ではそれは流布され、納得もさせられているという感じもあるんです。

学術会議問題も「税金を使って反日的な学者が」という流れで批判されることがあるわけで、その構造はつながっていますよね。「反日」なる言葉で憎悪が煽動される風潮そのものに、僕は抵抗したいと思いますが。

▼『この国を覆う憎悪と嘲笑の濁流の正体』は発売中。ここでは紹介しきれない対談内容も多く収録されています。
まえがき 切り捨ての時代を招いたもの
第一章    対韓感情悪化の源流とそれをもたらした日本社会の構造的変化
第二章    友好から対立へ 日韓それぞれの事情
第三章    恫喝と狡猾の政治が生む嫌な空気
第四章    社会を蝕む憎悪の病理 ヘイトクライムを生む確信犯的無責任と無知
あとがき 矛盾から逃げてはいけない

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