2021.07.04
# ラグビー

被災地・釜石から世界へ発信された「みんなのスタジアム」の新しい形

敷居が低く、地域活性化の中心となる場
大友 信彦 プロフィール

「地域の誇り」をいかに安く作るか

「公園のようなスタジアムにしたいね」

それは、発注者である釜石市、設計者である梓設計、ランドエスケープの間で、設計段階から共有されていた価値観だった。市民が身近に感じられるスタジアムにしよう。

 

永廣さんは笑顔で答えてくれた。

「僕の感覚では、ワールドカップのスタジアムを設計したというよりも、ラグビーをできる公園を設計した感覚なんです。そこでたまたま、ワールドカップも開かれたというか(笑)」

ワールドカップのため、アスリートのためだけではない、釜石市民みんなのスタジアム。それは、必ずしも釜石のことだけを考えてのことではなかったという。永廣さんの頭に浮かんだのは、「これからの地方のスタジアムはどうあるべきか」というテーマだった。

スタジアムの模型。スタジアムに最も近い旅館・宝来館に展示されていた(2015年5月)

5万人〜8万人を収容できる巨大スタジアムは、オリンピックやワールドカップの決勝には必要かもしれないけれど、地方都市にはそんな施設は不要だ。仮に作っても、維持費、修繕費、周辺のインフラ整備費……地域に負の遺産としてのしかかることは目に見えている。

では、地方都市に望ましいスタジアムの姿とは? 永廣さんと梓設計のスタッフは、6-7年ほど前から、地方のスタジアムの理想の姿を探して、国内外のスタジアムやアリーナを視察、研究を重ねてきた。その過程で痛感したのは、スタジアムの持つ力だった。

「スタジアムの、地域におけるコミュニティ力はすごいと痛感しました」と永廣さんは言った。

スタジアムは地域を団結させる。地域の人たちがそこで交流する。笑顔を交わし合う。子どもたち、若者たちの成長を、感動を、目で肌で感じあう。そんな大切な場所を、地域の人たちが作り、守り、育てる。その行為がまた、交流の場を作り、地域力を高める。

「だけど、理想のスタジアムを作るために、工費がかさんでしまっては意味がないんです。地域力を高めるスタジアムが地域の負担になってはならない」と永廣さんは言う。

そもそも、スタジアムの敷地は、津波で全壊した小中学校のあった土地だ。小中学校に登校していた生徒たちは迅速に避難して全員助かったが、その学校に通う子たちが暮らす鵜住居地区は、釜石市で最も多くの犠牲者を出した土地だった。

スタジアム建設地にあった鵜住居小と釜石東中は、震災による津波で全壊した(2012年6月)

まして、当時、釜石市は東日本大震災からの復興途上にあった。災害復興住宅もまだ整備の途中。プレハブの仮設住宅で仮住まいしている人もたくさんいた。「ワールドカップを開催したいね」という声さえ上げるのは憚られた時期だ。

華美なものは作れない。かといって、妥協してつまらないスタジアムでは地域の誇りにならない。誇りに思える、かつできる限り安上がりなスタジアムを作る――そんな難しいミッションに、永廣さんたちは向き合った。

スタジアムの席数は常設5000ないし6000と設定された。ワールドカップの開催レギュレーションでは、スタジアムは最も小さいカテゴリーで収容1万5000人とされていた。だが釜石市は人口3万人台。1万5000席は、老若男女あわせた総人口のおよそ半分。大きすぎる。

釜石市は、ワールドカップ時は10000人分の仮設席を設けて15000~16000席とし、ワールドカップが終わったら仮設席は撤去するプランを立てた。もちろん5000席でも十分に大きいが、5000席のスタジアムがあれば、人口3万人台の町ではなかなか呼べないようなイベントを打てるかもしれない。

ワールドカップ用に作られた仮設スタンドにも最上段まで観客が詰めかけた(2019年7月)

それを、5000席のスタジアムの相場よりも安い予算で作れたならなおよい。え? 5000席のスタジアムがこんな値段で作れたの?と思われるのが理想だ。

予算は20億円と設定された。スタジアムの工費はざっくり言って、1席あたり70-80万円かかるという。5000席×80万円なら40億円になる。それを、およそ半額で作りたい。難しい相談だが、被災地の限られた予算ではそれすら高額だった。永廣さんたち設計チームもそれは理解していた。

「工費を減らすための知恵を、みんなで出し合いました」と永廣さん。

スタジアムの躯体は極力減らし、メインスタンドもバックスタンドも基本は土盛りにした。鉄筋、鉄骨、コンクリートを使う構造物は、資材費、工費、工期がかさむ。その点、土盛りなら安く済む。

それだけではない。釜石市では震災後、住宅の高台移転事業が進められていた。その過程で、残土が大量に出ていた。スタジアム建設予定地は、着工寸前まで残土置き場として巨大な土の山ができていた。スタンドの土台を文字通り土で作れれば、工費を圧縮すると同時に残土を有効活用できる。そして、土盛りスタンドにはもうひとつのメリットがあった。

小中学校が解体されたスタジアム建設予定地は、残土の仮置き場に使用されていた(2015年5月)
スタジアムの工事は地盤改良から始まった(2017年8月)
改良された地盤は埋め戻され、メインスタンドの中央部分には小さな躯体の骨組みが組まれた(2017年9月)

「先の話になりますが、将来スタジアムを解体するとなったときに、廃棄物が少なくて済むんです。壊すのにもお金がかからない」

将来の財政的な負担も減らすことができるのだ。

工費圧縮の手段は他にも探った。スタンドのベンチに、地元の山火事で被害を受けた木材を活用しようという案が持ち上がった。山火事で焼け焦げ、消火のための水や消化剤をかぶった木材は、商品としての出荷は難しい。

だが、実のところ、品質は落ちていない。そんな貴重な「廃材」をスタジアムの椅子席に使えるなら、工費を圧縮できるだけでなく、地元の木材の有効活用に寄与できる。

しかも、リサイクル性能でも望ましかった。プラスチック席が老朽化した行く末は産業廃棄物だが、木製の座席なら、廃材になっても木工材やチップや燃料に再利用できる。環境に優しい。同様に、スタジアムの周りに作られたトイレ棟にも山火事で焼き出された木材は活用された。

ワールドカップを1年後に控え、完成したウノスタ(2018年8月)
こけら落としを前にメディア向けに行われた見学会には首都圏からも大勢のメディアが駆けつけた(2018年8月) 

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