ワールドカップイヤーには、釜石鵜住居復興スタジアムで初めての日本代表テストマッチ、フィジー戦も行われ、福岡堅樹もトライをあげた(2019年7月)

被災地・釜石から世界へ発信された「みんなのスタジアム」の新しい形

敷居が低く、地域活性化の中心となる場

園児が駆け回り、老若男女がヨガを楽しむ

ゴールポストの後ろには、空が広がっている。

メインスタンド最上段の白い屋根の背後の山は、濃淡さまざまに輝く新緑に萌えている。

バックスタンドの後ろを流れる鵜住居(うのすまい)川は、新しく作られた水門の先で海になる。耳を澄ませば、波の音も聞こえそうだ。

高く聳えるゴールポストとメインスタンド上部に翼を広げた形の屋根はウノスタの象徴だ(2018年8月)

だけど、今日聞こえるのは、子どもたちの歓声だ。

2021年6月某日、岩手県釜石鵜住居復興スタジアムの芝の上に、巨大なサメが現れた。

サメが大きく口を開けた形の大型滑り台「シャークスライダー」が、この日、釜石こども園の園児たちの遠足のために設置されたのだ。

 

2019年ワールドカップで世界のお客さんを迎えたスタジアムの真ん中に設えられた滑り台で、子どもたちは思い思いに滑り、転び、笑い、歓声をあげた。滑り終わったこどもたちの中には、滑り台よりも芝の上が楽しそうだといわんばかりに走り出す子もいた。

「はーい、パス!」

投じられたボールをドスンと胸で受けた子どもが、あの日のウルグアイの、フィジーの選手のように、風を受けて芝の上を走る。

そう、ここはワールドカップスタジアムなのだ。

ワールドカップのフィジー対ウルグアイは秋晴れの元で行われた(2019年9月)

実は、幼児たちが釜石鵜住居復興スタジアム―—以下「ウノスタ」――を訪れるのは、特別な景色ではない。

日本列島が先の見えないコロナ禍に覆われていた2020年6月某日、釜石こども園の子どもたちがボランティア活動でウノスタを訪れた。

コロナ禍の中、試合が次々と中止になり、スタジアムは一見、役目を失っていたように見えた。そのスタジアムで、こどもたちは雑草を取り、ゴミを拾い、そして最後にはお楽しみのお遊びタイムが待っていた。こどもたちは楕円のボールを持って芝の上を思い思いに走り回った。

ウノスタには子どもたち姿が似合う。2019年11月、コカコーラ戦でのエスコートキッズは「子ども虎舞」

別の日には、スタジアムからほど近くにある、うのすまい幼稚園のこどもたちがボランティア活動に訪れた。草取り、ゴミ拾い、そのあとは釜石シーウェイブスの選手たちと一緒にラグビーボールで遊んだ。おそうじと外遊びが一体になっている。

10月の某日は、釜石市内の別のこども園の年中さんたちが「秋の遠足」でスタジアムを訪れた。北風が吹き抜ける中、こどもたちは楕円のボールを持って走り回り、そしてみんなでスタンドのゴミを拾った。

幼児たちが自由に走り回るワールドカップスタジアムなど、他にあるだろうか。
いや、その問いかけさえ控えめにすぎる。このスタジアムで遊ばせてもらえるのは幼児だけではない。

2021年5月15日には、快晴のもと、スタジアムの芝の上でヨガ教室が開かれ、老若男女がフカフカの芝の上で体を伸ばし、筋肉を動かし、深呼吸した。

4月2日には、釜石市の新年度採用職員のスタートアップ研修がウノスタで行われた。スタジアム内の部屋で座学講習を行ったあと、グラウンドに出た新職員たちは、楽しくボール遊び……ができると思いきや、ハードなトレーニングも体験講習させられた、否、楽しんだ。

もちろんラグビーの試合や合宿、サッカーの試合も頻繁に行われている。

2020年9月には、東北各地からチームが集まり女子7人制ラグビーの大会「釜石ヴィーナスセブンズ」が開催された。2021年4月にはサッカーとラグビーの両方を楽しんじゃおうという「フットボールフェスティバル」が、5月には岩手県女子サッカーリーグの公式戦が、そして、6月には中学校の体育大会「中体連」のサッカー競技が行われた。

そもそも、2019年のワールドカップ前も、オーバー40のラグビーオールドボーイズによるマスターズ大会、東北6県の小学生チームが集まった「ともだちカップ」や、台湾、フィジー、熊本など国内外の子どもたちを招待した「釜石キッズトライ」などなど多種多様なイベントが開かれた。

こけら落とし試合にはヤマハ発動機を招待。五郎丸歩選手は出場しなかったが、すぐ地元女子高生たちのサイン攻めにあった(2018年8月)
こけら落としの前座で行われたのは新日鐵釜石OBと神戸製鋼OBによるレジェンドマッチだった(2018年8月)
開場記念試合のセレモニーで「キックオフ宣言」を読み上げたのは釜石高2年生の洞口留伊さん。震災当時はここにあった鵜住居小の3年生だった(2018年8月)
スタンドには大漁旗が翻り、大漁旗Tシャツを着た人が大声で声援を贈った(2018年8月)

ウノスタは、かくも敷居低く、多様な使われ方をしている。

それを伝えると、永廣正邦(ながひろ まさくに)さんは「うれしいなあ」と顔をくしゃくしゃにして笑った。永廣さんは株式会社梓設計の常務執行役員、「ウノスタ」を設計したチームのリーダーだ。

「私たちの設計テーマはそもそも、日常利用をどう促進するか、だったんです。『つながりが生まれる公園』のようなスタジアム。多様性ある、日常的な居場所。日常と非日常をつなぐ接点。いろいろな形で、いろいろな年齢や職業の市民が利用できるスタジアムにしたかった」

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