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病に倒れる撮影隊、変貌するヘプバーン…「アフリカの女王」撮影秘話

肝っ玉がすわった大女優
ボギー(ハンフリー・ボガート)とケイティ(キャサリン・ヘプバーン)が主演した名作冒険映画の撮影現場は、ベティ(ローレン・バコール)やジョン・ヒューストン監督を巻き込んだ、映画以上に過酷な体験だった――。
巨匠・筒井康隆が、映画全盛期につくり出された活劇映画の魅力と溢れるヒューマニティを痛快に描きつくした新刊『活劇映画と家族』から、「アフリカの女王」の知られざる舞台裏について語った箇所を抜粋して公開します!

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名女優キャサリン・ヘプバーン

「キー・ラーゴ」の3年後、ヒューストンは「アフリカの女王」の撮影にとりかかる。主演はボギーとキャサリン・ヘプバーンであるが、アフリカでの撮影にはベティも同行した上、なんとあのエンディングは彼女のアイディアだったと言う。これはベティ自身が書いていることなので確証はない。

ただし、ヒューストンによれば、原作者の、「ホーンブロワー」シリーズで有名なC・S・フォレスター自身、結末のつけ方には満足していないと彼に語っていたらしい。この映画はハッピーエンドでいくべきだと考えていたヒューストンがベティのアイディアを採用したことは容易に考えられる。

この映画に関してはヘプバーンが『「アフリカの女王」とわたし』という本を書いている。芝山幹郎の訳で出ているが、この映画に関するくだりではこの本からの引用があるのでお断りしておく。

キャサリン・ヘプバーンと言えば小生が喜劇映画の五指に入る傑作としているハワード・ホークス監督の「赤ちゃん教育」でケーリー・グラントと共演した名女優である。スクリューボール・コメディの傑作だったが、公開当時は多くの観客が面白さを理解できず、不評だった。しかしその後の再評価でほとんど歴史的とも言える名画になった。

キャサリンはずいぶん息の長い女優で、1994年、87歳になるまで映画出演を続けた。

 

冒険映画「アフリカの女王」

映画は第一次世界大戦が勃発した1914年の話である。イギリス人のローズ・セイヤーは宣教師の兄サミュエルと共にアフリカの奥地で布教活動をしていた。

サミュエルを演じているのが「料理長殿、ご用心」で助演男優賞を貰っているあの太っちょのロバート・モーレイ。顔は最近よくテレビの報道番組などに出ているモーリー・ロバートソンそっくりである。名前が似ていると顔まで似てくるのかと驚かされる。

最初のシーンでは彼が現地人たちと共に讃美歌を歌っていて、ローズもオルガンを弾きながら歌っている。現地人たちの歌があまりにも下手なのでローズが苛立ちながら大声で歌っているその表情が面白く、「赤ちゃん教育」時代の彼女とはすっかり変っていることに驚く。

ボギーは奥地の川筋を上下している小型貨物船アフリカの女王号の船長チャーリーである。サミュエルとローズは郵便物を届けにきたチャーリーから世界大戦の勃発を聞かされるが、その直後にあらわれたドイツ軍兵士によって村は焼き払われ、先住民が駆り出され拉致されてしまう。

このショックでサミュエルは頭がおかしくなり、チャーリーがふたたび村にやってきた時にはその前日に死んでいた。たった一人になったローズはチャーリーのすすめで彼の貨物船に乗り、川を下ることになる。

ここからが主役二人による川下りの冒険である。まずは二人の意見が分かれる。チャーリーは戦乱に巻き込まれぬよう、船でのんびりしていようと言うのだが、ドイツ軍の行為をどうしても許せないローズは、船の積み荷である爆発物の原料や酸素ボンベを使って魚雷を作り、川下の湖にいるドイツの軍艦を撃沈しようなどという無茶な提案をするのだ。

チャーリーはしぶしぶ承知するが、実は川を下るために激流や瀑布を越えねばならず、それで彼女が諦めるだろうと思っていたのである。

しかし豈図らんや、激流や大瀑布を通過するのに、舵を取らせたローズがこれを川下りの大冒険として逆に昂揚し、軍艦攻撃の決意をますます強めたため、チャーリーはやけくそになって積み荷のジンを呷り、酔っぱらい、ローズに悪態をつくのだった。

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