どこまでも終わらない挑戦…コンピュータによる円周率計算の歴史

『円周率πの世界』4
柳谷 晃 プロフィール

マチンの公式

ENIACでπの計算をしたのは、弾道研究所に所属していた数学者、ジョージ・ライトウィーズナーです。そのプログラムは、マチンの公式でつくられていました。

マチンの公式とは、次の式です。

π= 16 arctan(1/5) - 4 arctan(1/239)

この公式は、イギリスの天文学者、ジョン・マチン(1685~1751)が1706年につくったものです。マチンの公式は、さまざまなところで使われています。

1949年のENIACで計算した結果がマチンの公式を使っているというのも、この式が優れている証拠といえるでしょう。実際、つくられてから240年も後の、最新機器による計算に使われているという事実は、驚くべきことです。見方によっては、円周率の計算方法がじつはあまり進歩していない、ということなのかもしれません。

円周率を手計算した人物としては、イギリスの在野の数学者、ウィリアム・シャンクス(1812~1882)が有名ですが、彼もまたマチンの公式を使っていました。シャンクスは1873年、πを707桁まで計算しますが、528桁目に間違いがありました。この誤りは1944年、D・F・ファーガソンという人物が卓上計算機を使って計算し、間違いを見つけています。

ENIACは、シャンクスが生涯をかけた計算の約4倍もの桁数を、わずか70時間で達成したことになります。

ちなみに、シャンクスの計算の間違いを指摘したファーガソンは、手動の計算機で540桁まで計算をしていました。ファーガソンが達成したこの桁数までが、手計算による円周率の近似値の到達点といっていいと思います。

もちろん、手計算による結果には間違えが多いのですが、円周率の近似値に速く近づくために、数学的にさまざまな工夫を凝らしています。そのような彼らの試行錯誤は、円周率の計算のみならず、数学そのものにも大きな進歩をもたらしました。それはまた、電子計算機時代のπの計算にあたっても、多大な影響を及ぼしたのです。

小数点以下550桁までのπの近似値

1万桁を突破!

ここからは、コンピュータの時代、電子計算機の時代に入って以降の円周率の計算競争を見てみましょう。

1954年11月と翌1955年1月に、アメリカ・バージニア州のダールグレン海軍試験場で、IBMがつくったコンピュータ、NORC(Naval Ordnance Research Calculator)が3089桁までの円周率を、わずか13分で計算しました。このコンピュータを製作したのは、アメリカの天文学者、ウォーレス・ジョン・エッカート(1902~1971)です。エッカートは、IBM の研究部門の基礎をつくったといっても過言ではない人物です。

NORCは、ENIACと同じく真空管を用いたコンピュータですが、磁気コアメモリを搭載するなど、以降のIBMのコンピュータに大きな影響を与える技術が使われていました。

1957年3月、ロンドンのフェランチ計算センターのペガサスコンピュータが33時間をかけて1万21桁まで計算しましたが、計算エラーがあり、実際には7480桁までしか正確ではありませんでした。

翌1958年7月には、フランソワ・ジェニューイがパリ・データ処理センターのIBM704を使って、マチンの公式とグレゴリー級数を組み合わせる計算方法によって、1時間40分で1万桁まで計算します。

さらに、その翌年の1959年7月に、パリ原子力エネルギー委員会のIBM704で同じプログラムを使うことによって、4時間18分をかけて1万6167桁まで計算されました。

IBM704(アメリカ航空諮問委員会に設置されたもの)

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