令和の若者は「何者かになりたい苦悩」から脱却し始めた…?

何者にもならず、「モブ」として生きる

「個人主義の時代」のヒーローたち

「若者たちは、何者かになりたいという思いを抱えて苦しんでいる」――といった話は「ネット論壇」で長年愛されてきた、社会分析の基本的フォーマットのひとつである。

〈「何者かになりたい」「何者にもなれない」──こうした願いや悩みは古くもあり、新しくもある。

今、ツイッターで「何者かになりたい」と検索すると、たくさんの人がこの願いを投稿しているさまがみてとれる。「何者にもなれない」で検索すると、さらに多くの人のつぶやきが見つかり、「何者にもなれない○○」と名乗るアカウントも複数見つかる。

こうした願いや悩みは、人々のアイデンティティが定まりづらい時代ならではのものだ。たとえば江戸時代の武士や農民は、身分やイエによって「何者か」になるか決まっていたから、こうした願いや悩みとは無縁だった。

正反対に、90~00年代にかけては、こうした願いや悩みが時代の気分となり、いわゆる「サブカルチャー」の通奏低音となっていた〉
(現代ビジネス『「何者かになりたい人々」が、ビジネスと政治の「食い物」にされまくっている悲しい現実』2021年6月13日)

熊代氏が指摘するとおり「何者にもなれない僕たち/お前たち」という、みずからの「実存性」が絶え間なく揺さぶられ不安定化しているかのような得も言われぬ感覚は、少なくとも1990年代半ばから2010年代の前半にかけて、とくにサブカルチャーの分野においてはほとんど自明の前提として共有されていた。 

「自分はこの先も、何者にもなれないかもしれない」という不吉な予感に抗う形で、「ほかのだれでもない自分」のあり方を確立しようとする当事者意識と、その実践が台頭した。2010年代までの若者が、資本主義のルールに恭順する没個性的な集団から離脱することを望み、またそれを志向する「個人主義」的な文脈や、その文脈を肯定的に発信するオピニオンリーダーに強く惹かれたのは偶然ではない。

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「日本一有名なニート」ことブロガーのpha氏や、「まだ東京で消耗してるの?」と、若者の地方移住生活の可能性を模索したイケダハヤト氏などが時代の寵児としてもてはやされた。彼らはまさに、時代の気分の要請にこたえる形で台頭したヒーローだったのだろう。

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