夫はこの日帰宅しなかった

何十本もの電話をうけるたびに、今度こそ夫の声が聞こえるのでは、チャイムが鳴るたびに夫が戻ったのではと待ちわびていたが、この日、夫はついに帰宅しなかった。

夜中も一緒に過ごしてくれるという友人の申し出は涙が出るほどうれしかったが、ここは逆に一人で落ち着いて、今日一日のことを振り返ってみたかったこともあり、丁重にお断りした。夜11時すぎ、また明日という言葉を残し、彼女たちは自宅へ戻っていった。

子供たちは疲れ切ってすぐに寝てしまい、わたしは夜中の電話にそなえ、リビングのソファに子機を握りしめながら横になった。

変な話なのだが、脱いだスリッパがこの一日でものすごい異臭を放つようになった。こんなことは初めてだった。異常なまでの緊張状態にあったことをスリッパが教えてくれた。

ソファに横になりながら小さな命のいるお腹をさすり、この子のためにも少しでも眠らなければと思い、目をつむった。つむってもなお、まぶたの奥にはビルの崩壊シーンがこびりついてはなれない。交感神経は容易には副交感神経にきりかわってはくれない。すぐに寝付くことはできなかったがそれでも2、3時間は眠ることができた。

夜中、日本からの電話や会社からの連絡はあったが、夫の声はきけないまま次の朝が明けた。

ソファで子どもたちに「機関車トーマス」の絵本を読む陽一さん 写真提供/杉山晴美