2001年9月11日午前8時46分。ハイジャックされたアメリカン航空11便がNYにあるワールドトレードセンターのノースタワーに突入した。杉山晴美さんの夫・杉山陽一さんが勤務するワールドトレードセンターサウスタワーの隣のビルだった。テレビを見ながら「早く逃げて!」と叫ぶ晴美さんの声は届かず。9時3分にはユナイテッド航空175便が、今度は陽一さんが勤務するサウスタワーに突入。テレビを観ながら「早く逃げて!」と叫ぶ晴美さんの声は届かず。9時59分サウスタワーは崩壊してしまう。

ビルに飛行機が突入する。信じられない惨劇が現実のものとなってしまった Photo by Getty Images

杉山陽一さんと晴美さん夫婦には、ふたりの幼い男の子と、お腹の中にもう一人の男の子がいた。幸せな暮らしが一変したアメリカ同時多発テロ。あの日、なにがあったのか。そして20年どのように生きてきたのか。晴美さんの著書で当時ドラマ化もされた『天に上った命、地に舞い降りた命』の再編集と、晴美さんの書きおろしにより、「20年」を振り返る。

第1回の前編では、飛行機が陽一さんが勤務していたワールドトレードセンターのサウスタワーに突っ込むところをテレビで見ることになってしまったときの話をお伝えいただいた。後編では「ほとんどの富士銀行の行員は無事」という言葉に、少し落ち着きを取り戻した「あの日」と、その翌日のことをお伝えする。

夫は「ほとんどの行員」には含まれていなかった

子供の前でとんでもなく取り乱してしまったが、いま思うとまずは、体の奥からマグマを流出させておいてよかったのだと思う。そのパニック状態を抜け出してからは、これまた自分でもびっくりするほど冷静だった。あの時、わたしの中のドロドロしたものは、ある程度出きってしまったようだ。

だからこそ、その後わたしの夫は「ほとんどの行員」に含まれていなかったことがわかり、本当の苦難の日々がはじまってからも、落ち着いて対処できたのだろう。

そして何よりわたしの「だいじょうぶ」という言葉を信じずに、わたしたちにつきそってくれた友人たちに心から感謝している。わたしは鳴りやまない電話の対応に追われ、不安の中にいる子供たちの面倒を見ることもできずにいた。彼女たちのおかげで子供たちも救われたのだ。とるものもとりあえず駆けつけ、とにかく困惑する人間にぴったり寄り添うべきという判断のできる彼女たちに、自分にない優しさを感じるとともに、尊敬の念をも感じずにはいられない。