ぶーちゃの会社、飛行機ぶつかったの?

とにかく、なにか連絡が入るかもしれないと電話を切り、「無事でいて! そして早く逃げて!」と、食い入るようにテレビを見ていた。こちらからも夫の携帯電話にコールはしたが、淡々とした留守番電話のメッセージが流れてくるばかりだった。

太一は、夫の会社のビルを認識している。すぐにあれは自分の父親の会社だとわかったようで、「ぶーちゃ(太一は父をこう呼んでいる)の会社、飛行機ぶつかったの? ぶーちゃどうしたの?」と聞いてきた。

「だいじょうぶ、ぶーちゃはだいじょうぶ。いま一生懸命逃げてるから、ごめんね。今日は保育園いけないよ。ぶーちゃがもうすぐ電話をかけてくるから、お家で待ってなきゃ」

そして、いろいろな人からの安否を気遣いう電話を多数受けつつ、一時間がたち……夫の勤務する2ワールドが崩壊した。

ニュージャージから見た、当時のワールドトレードセンター。大きな噴煙をあげ、ビル二棟が崩落してしまった Photo by Getty Images
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もうこの時は、子供の気持ち、動揺をおさえてやろうとか、お腹の子に影響が出るなどという親の立場など吹っ飛び、自分でもびっくりするほど大声で泣いた。悲鳴とも嗚咽ともとれる、身体の奥から火山でも噴き出したような泣き声が出てきた。
 
「ぶーちゃんが死んじゃったー。ぶーちゃんが死んじゃったー。どーしてどーしてー」

出てくる言葉はそればかり。母親のものすごい姿にびっくりして、固まる太一。もらい泣きで叫びまくる力斗を両手に抱きしめながら、わたしはただただパニック状態にあった。

そんななか、同じアパートに住む日本人の友人二人が、わたしたち家族を心配して訪ねてきてくれた。

「だいじょうぶ?」という問いに、「だいじょうぶ」と思わず答えてしまったが、涙で化粧もぐちゃぐちゃになったわたしの顔を見た友人が、その答えを信じるはずはない。彼女たちは、しばらく一緒にいてあげると言って、家にあがってくれた。そして、富士銀行のほとんどの行員は無事であるという情報を教えてくれた。わたしはパニック状態を脱け出せた。

杉山晴美さん連載「あの日から20年」を最初から読む

【#1 あの日前編】「「無事でいて!」2001年9月11日、NYでテレビに向かって叫んだ日の話」
【#1 あの日後編】「夫は帰らなかった…2001年9月11日アメリカ同時多発テロの翌日見たもの
【#2 捜索前編】「一度避難していた?「アメリカ同時多発テロ」行方不明の夫の「当日の行動」
【#2 捜索後編】「「アメリカ同時多発テロ」振り回される誤情報・行方不明の夫の両親との対面
【#3 決意前編】「9.11テロで行方不明の夫探し…妊娠4ヵ月の妻を襲った「突然の出血」
【#3 決意後編】「飛行機突入2分前、夫は80階にいた――米同時多発テロ行方不明者妻が見た「現実」
【#4 前編】「911テロで夫は行方不明…事件4週目の「追悼ミサ」、3歳の長男の反応
【#4 後編】「日本人の遺体が見つかった…アメリカ同時多発テロ行方不明の夫「退職」の意味
【#5 前編】「アメリカ同時多発テロで行方不明の夫のことを、3歳長男に話した日の話
【#5 後編】「「子供たちを育てていかなければ」夫は911テロで行方不明…3ヵ月後の妻の決意
【#6 前編】「「空でお雑煮食べてるよ」アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明のまま迎えた元旦の話
【#6 後編】「10年目の結婚記念日、911後に夫不在で迎えた「3児の母」が思ったこと
【#7 前編】「結婚10年を目前に夫が行方不明…911犠牲者の妻が振り返る「22歳の出会い」
【#7 後編】「母ひとり娘ひとりの妻のため夫が姓を変え…911犠牲者の妻が考える「夫婦」とは
【#8 前編】「夫が行方不明になり5カ月…アメリカ同時多発テロに翻弄される妻から「夫への手紙」
【#8 後編】「夫はテロで行方不明、3歳と1歳の子もいる…妊娠9ヵ月の妻が決断した「出産」
【#9 前編】「アメリカ同時多発テロの「報復」で戦争勃発…犠牲者の妻が考えたこと
【#9 後編】「「犠牲者」の夫だったら何と言う?911後のアフガン戦争を子供たちにどう伝えるか
【#10 前編】「妊娠4カ月のとき911テロで夫が行方不明に…3人目出産の日の「奇跡」
【#10 後編】「過去2回の難産…アメリカ同時多発テロから半年後の出産、感じた「夫」の存在
【#11 前編】「夫は行方不明のまま…911から半年後「メモリアルデー」に生まれた子につけた名前
【#11 後編】「みんなの想いが名前に…アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明の中での出産に思うこと
【#12 前編】「911テロで夫が行方不明のまま出産…直後に「夫の遺体」が確認された日のこと
【#12 後編】「4歳2歳0歳の子たちと迎えた「夫の葬儀」…911から7ヵ月、妻の覚悟
【#13 前編】「観戦予定だった…911で犠牲になった夫の「2002サッカーW杯チケット」
【#13 後編】「アメリカ同時多発テロ「夫の葬儀」を終え…4歳2歳0歳と行った「帰国の準備」
【#14 前編】「「ぶーちゃ、また来るからね」アメリカ同時多発テロ・3人の子と来た夫のいる「現場」
【#14 後編】「4歳2歳0歳連れて帰国…911テロで犠牲になった夫の誕生日に妻が思ったこと
【#15 前編】「9月11日から1年…日本に帰国した「アメリカ同時多発テロ遺族」の私がやったこと
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【#19】「アメリカ同時多発テロ遺族「母と息子3人」911から10年超えて見た「新たな夢」
【#20 前編】「「子供依存」への恐怖、実母のがん…アメリカ同時多発テロ犠牲者の妻の決意
【#20 後編】「アメリカ同時多発テロ遺族「母と息子3人」911から10年超えて見た「新たな夢」