テレビで衝撃的な画面が

午前7時、マンハッタンの勤務席へ出勤する夫を送り出した後、太一の保育園のお弁当を作り、大喰らいの力斗に朝ご飯を食べさせる。ありふれたあわただしい朝の時間を過ごし、いつもより十分くらい遅れて化粧終了。よし、保育園に送っていこうとバスルームを出てリビングへ。それがちょうど9時ごろのこと。

我が家はNHKのケーブル放送が入るため、その時もNHKの臨時ニュースがリビングでは流れていた。そのテレビの前で太一は衝撃的な画面に目を奪われつつ、心配してかけてきた夫の母からの電話をとり、会話の真っ最中だった。

わたしは最初、目に飛び込んできた穴のあいた高層ビルが、夫の働くワールド・トレード・センターであることも把握できず、「なにこれ!なにこれ!」とただ叫び、頭の中は混乱していた。

そして太一が受話器で誰かと話しているのに気づき、とっさに夫からの事件報告の電話だと思いこんだ。昔サリン事件が起きた朝も、夫は「危険なので外出するな」と電話をしてきた。

iPhoneが日本に広まったのは2007年。当時はまだSNSも広まっておらず、情報もほとんど入ってこなかった(写真はイメージです) Photo by iStock
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わたしは太一が握っている受話器を奪い取ると、ぶっきらぼうに「もしもし! なんなのこれ!」と叫んでしまった。次の瞬間、夫の母の不安そうな「だいじょうぶかしら」という声を聴き、我に返って少し冷静にテレビを見てみると、突っ込まれたのは北側のビル、1ワールドのほう。

「お母さん、だじょうぶ。あれは陽さんのビルとはちがいます」などと話している最中、テレビ画面の右端が再び火を噴いた。信じられない二機目の突入だった。

もうただただ、その時は絶叫だった。頭の中は真っ白。全身に震えがきて、いままで経験したことのない恐怖に、立っているのがやっとだった。