今になって気づいたこともある

14年前のことを、時に沈黙しながら時間をかけて思い出す中村。悶々とした思いを抱えながらも、「とても画期的なことだった」とも振り返る。

「今、客観的に当時の紅白を振り返ってみると、あんな演出や扱われ方は、それまでなかったことだと思うんです。たくさんの誤解を残してはいますが、ある意味、とても画期的なことだったんだと思います。

デビューしたばかりの私なんかに、あんなにもお金や時間や労力をかけてもらって……。周りのスタッフは喜んでいたんでしょうか。でも、それは私の実力ではなく、用意された高い下駄を履かせてもらったから。自分で決めた決断ではなかったので、どこか他人ごとのようで、『心ここにあらずの発言』もあったかもしれないですね」

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紅白の前も後も、中村自身は何も変わっていない。

「紅白出場の後、ものすごく心も体も疲れてしまって。私はCDやライヴのタイトルは割とこだわるタイプですが、紅白直後のライヴのタイトルが無題だったのも、もう心が死んでいる証拠だなと思います。

実際ツアー中も開演の直前まで床で倒れていて動けない、みたいな状態が続いて……。ツアー先で、身近なスタッフの男性たちがこぞって、ライヴ後『はやくキャバクラに行こう』と目の前で言い出して、翌日のライヴに二日酔いで現れるミュージシャンがいたりもして。私と話すよりもやっぱり女性の方が楽しませられるのかな?とか良くわからない嫉妬もあったし。そういうことに神経質になってピリピリしている私の陰口をたまたま聞いてしまったりもして。

もう辛すぎて、死にたいと思っていました。何回も『今日はライヴ出来ないかもしれない』と思いました。というか、どうライヴをしていたのか記憶もおぼろげで。結局話題になっていても、周りが持ち上げてくれたことをいかすことができませんでした。

正直私は、自分の性別を受け入れているとか、認めているとか思っていないです。一生の付き合いというだけ。むしろ問題は他者との関わり方だと思います。

今回、こんな風にインタビューを受けさせてもらって、すごくありがたいです。音楽のサイトとかではここまで取り上げてもらえないから。こういう機会をもらえたのなら、私も、日本におけるセクシュアルマイノリティに対する誤解をどうにかしたいというか……。

『LGBT理解増進法案』に関しても、あの法案があがるということは、確実に差別はあるということが明らかになったわけです。それに法案が通らなければ差別をしていいってわけではないですからね。でも、あれですよ、代弁者になろう的な気持ちではなくて、ひとりの人間として疑問に思うことや、おかしいな? と思うことを少しずつでも話せたらと思っています」

初めての紅白。華やかなステージで喝采を浴びたあと、「私は一回死んだ」という中村。しかしなぜそこに「自分の意志はなかった」のだろうか。今後、これまで経験してきた出来事も振り返り、中村 中(ナカムラアタル)という生き方についてお伝えしていく。

撮影/渞忠之
デビュー翌年に紅白出場した中村 中に一体何があったのか?
中村が14年間封印してきた想いがまとめられた前編はこちら→

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